巻頭特集

コロナに負けず活動を続けるミュージシャン

特別インタビュー 
ジャズサックス奏者  寺久保エレナさんが振り返る米国生活

ジャズサックス奏者として活躍する寺久保エレナさんに、米国での生活やコロナ禍での苦労、今後の目標などについて聞いた。


「札幌市はジャズが盛んな街で、子供のころから地元のビックバンドで演奏していました。その後、高校1年生のときに受講したバークリーのサマー講習をきっかけに、さまざまな演奏家と出会い、米国の大学へ進学することを考えるようになりました」と話すエレナさん。

大学には奨学生として入学。だが、やはり語学の壁を乗り越えるのは容易ではなかったようだ。

「奨学生として入学できたことはラッキーでしたが、アンサンブルやレッスンなど、実技の授業は問題なくても、最初の3年は宿題や英語の授業についていくのが大変でしたね」

大学卒業後すぐに、ボストンからニューヨークに移ったエレナさん。出演の機会を得ようと奮闘した。

「初めはなかなか思うように演奏活動が進まず、誰かに教える講師の職を探してさまざまな所に履歴書を送ってみましたが、『学士号や修士号がないと厳しい』と言われて…」

ちょっとやそっとの挫折ではへこたれない強さを併せ持つ、エレナさん。日本でのツアーをこなしながら、オンラインで学士号単位取得を目指した。

「対面授業だけは、ニューヨークから大学のあるボストンまでバスで通いました。ちょうどそのころ、ジャズクラブでの出演依頼も受けていたので、夜中1時にライブが終わると3時のバスに乗り、ボストン到着後すぐに授業を受けて、またニューヨークに戻るというハードな日々をしばらく続けて。おかげさまで学士号も無事取得できたので、今となっては経験して良かったと思っています」

出会いの大切さ
ケニー・バロンとの共演

日本での活動は、ツアーやアルバムリリースなど順調に行っていた。しかし、米国でも同じようにできると思っていたが、そう簡単に事は進まなかった。

「日本と違って、『米国では誰も私を知らない』。当たり前なんですが、モチベーションを保つのがその当時は大変でした」

ある日、有名なジャズピアニスト、ケニー・バロンさんのマネジャーからエレナさんに突然連絡が来る。これが転機となった。

「私がまだ18歳だったころ、レコーディングのために訪れたニューヨークで共演したことがあったんです。それから数年後、ケニーさんのバンドで演奏してほしいと依頼を受けました。しかも『Dizzy’s Clubでの3日間のライブで共演。ニューヨークに数え切れないほどいるサックス奏者の中で自分を選んでくれたことは、私自身にとっても大きかったですし、忘れられないエピソードの一つですね」

これをきっかけに、周囲が彼女の存在を知り、仕事も増えていったという。

「がんばっていて本当に良かったなと感じました」と笑顔のエレナさん。

コロナ禍だからできた
新たな挑戦

毎日どこかのライブハウスで演奏していた生活が、新型コロナの影響で一変。変化にエレナさんはどう対応したのだろうか。

「全米ツアーは全てキャンセルになりました。本当に戸惑いましたね。屋内で演奏できなくても屋外ならと、昨年夏ぐらいから今年1月くらいまでは、店舗前の路上ライブを行っていました。気温が10度以上のときは友人から『今日演奏できる?』と、突然電話が掛かってきたことも。演奏を聞いてくださった通行人からの温かい拍手とチップは、本当にありがたかったです」

また、コロナ禍を前向きに捉えて、さまざまな楽器にも挑戦中だという。

「元々、ソプラノサックス、アルトサックス、フルートを吹いていたのですが、今はテナーサックスとクラリネットにも挑戦中です」と、どこまでもまい進する。

新たな音の組み合わせ
次のステップへ突き進む

今までに6枚のアルバムをリリースしているエレナさん。今後のアルバム制作でもコロナ禍の影響は、いい意味でありそうだ。

「オリジナルの楽曲を増やしたり、新たに始めた他の楽器を自分で演奏して、サックス以外と組み合わせてみるとか、それぞれの楽器の特長を出しながら、新しいかたちのアルバムを作っていければなと思っています。それから、ケニーさんとのツアー再共演も実現したいですね。今まで数回しか共演していないのですが、多くのことを学びましたし、もっと彼から学びたいです」とほほえんだ。

一日中音楽のことを考え、『練習が趣味』と公言するほど、サックスを吹き続けるエレナさん。次のステップへ着々と進む姿は、コロナに負けない力強さを感じる。ニューアルバムの発売が待ち遠しい。


今後の活動

寺久保エレナカルテット

【開催日】4/7(水)5pmと7pmの 2回演奏

【メンバー】敦賀明子(オルガン)、ポール・ボーレンベック(ギター)、田井中福司(ドラム)

大使公邸での演奏で組んだメンバーたちと、「the SmallsLIVE Foundation」に出演。

オンラインと現地鑑賞(コロナ感染対策ガイドラインに沿う)にて開催を予定している。オンラインの場合、FacebookまたはYouTubeから無料で見ることができる。詳細は後日、ウェブサイト(smallslive.com)にて発表。

 

1月に大使公邸で行われたオンラインライブ。演奏会1カ月前から練習に取り組んだメンバーたちと、司会を務めた山野内勘二大使(右から2番目)。

 

ケニー・バロンさんと共演したときの様子

 

昨年行った路上ライブ。寒い中でも演奏を続けたエレナさん

All Photos by Erena Terakubo

 

 

 

寺久保エレナ

1992年札幌生まれ。
6歳でピアノ、9歳からサックスを始める。
13歳でボストン・バークリー・アワードを最年少受賞。
2010年、高校3年生という若さで、アルバム『ノース・バード』でメジャーデビュー。
同年、日本人初のプレジデント・フルスカラシップ(授業料、寮費免除)を獲得し、バークリー音楽大学に留学。
15年同大学を卒業後、ニューヨークへ。
18年、北海道テレビ開局50周年記念テーマソング「ハイタッチ」を共同作曲。
日本、アメリカ、フランス、チリ、アルゼンチン、オーストラリアなど、世界中でツアーを行うなど、精力的に活動中。
jamrice.co.jp/erenaInstagram: @erenaterakubo

関連記事

NYジャピオン 最新号

Vol. 1248

この春はちょっと贅沢なピクニックを体験しよう

ようやく気温も安定してきた5月。晴れた日は芝生の上でピクニックするのが気持ちいい季節。ピクニックといえども時には一つおしゃれに盛り上げたいもの。ここ2、3年で急成長しているピクニックビジネスの実態を覗いてみた。ランチやスナックを用意して、さぁ公園へいこう。

Vol. 1247

我らのドジャース

大谷翔平選手の一挙手一投足から目が離せない。スポーツ報道でLAドジャースの名前を見ない日はない。5月1日現在の勝率・621でナ・リーグ西部地区トップ。そのドジャースが、5月末には対NYメッツとの3連戦、6月には対NYヤンキースとの交流戦で当地にやって来る。NYジャピオン読者としては憎き敵軍なるも大谷選手の活躍に胸が熱くなる複雑な心境。だが、LAドジャースの「旧姓」はブルックリン。昔はニューヨークのチームだったのだ。

Vol. 1246

人気沸ピックルボールを楽しもう

あちこちに花も咲き乱れ、4月に入りニューヨークにも春が到来した。本号ではこれからの季節、屋外でも楽しめるピックルボールを紹介する。テニスよりも狭いスペースで出来るピックルボールはここ数年、ニューヨークでも人気だ。