木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第23回> 円安、街の変化、個人の経験 と記憶の「価値」

2021年頃からじわじわと始まり、止まらない円安。米ドルベースで暮らしているとはいえ、日本を思うと気が気でない。

1ドルが150円に達するのは約30年ぶりだそうだ。「ニューヨークのラーメンは今や4000円を超える!」日本のメディアで衝撃として伝えられるのを目にする。この街のラーメンは元々高価とはいえ、物価上昇も相まって、一杯の「価値」がこんなにも上がり続けるのは確かに衝撃的だ。

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一人ひとりにとっての、昔と今のニューヨーク

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それにもかかわらず、昨年以降、日本の友人・知人のニューヨーク来訪が続いている。その多くは、学生時代や大学卒業直後にニューヨークに一定期間居住した経験を持つ。パンデミック前は頻繁に旅行や出張に来ていた場合もある。

かれらはみな現在の円安を案じ、嘆く。しかしせっかく訪れるからには、お金に関しては覚悟を決め、むやみやたらに円換算したり過去と比較するのを控えている印象を受ける。

友人たちが以前この街に居住していたのにも、訪ねてくるのにも、理由や目的がある。それぞれが持つ「かつてのニューヨーク像」の記憶と、今改めて訪れて経験したい何かが、かれらをニューヨークに呼び寄せる。滞在の「価値」は自らの経験であり、お財布が許す範囲で、それを自分の選択と感覚で満たすことに焦点を当てたいのだろう。

そしてそういった友人たちと一緒に街を歩き会話する時間は、私にとっても貴重なものになる。例えば、約10年ぶりのニューヨークに1カ月半滞在した友人は、飲食店が路上に備え付けるアウトドアダイニング設備が新鮮に映ったと話してくれた。その友人が以前住んでいた頃の記憶には、ニューヨーク名物の路上駐車はきっとあっても、野外席の姿はない。ところが私にとっては、10年前にこの街で出会った友人と同じニューヨークを当時見ていたはずなのに、野外席はまるでずっと存在していたかのように、今や景観の一部として馴染んでいる。一方で、飲食店の存続が危ぶまれたあの頃を呼び起こす存在でもある。

パンデミックに関する個人の経験や記憶は異なるが、あの時期、近い人も遠い人も遠くなり、時間を空っぽに感じた人は多いだろう。その名残をとどめる今のニューヨークを共に歩き交わす会話には、そういった距離や空白を埋める役割もあるような気がした。

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変化しない場所で、変わる経験

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街はこのように常に変化する。ニューヨークの場合は特に、良くも悪くもそれは速くて劇的だ。その一方で、あまり手がつけられることなく象徴性をいつまでも保っているものもある。

米東海岸の大学卒業後ニューヨークで数年間働いていた友人も、昨秋やって来た。ニューヨークは約20年ぶりと言うが、今もさして変わらないワシントン・スクエア・パークを見て、友人は過去に思いを馳せる。当時、飲んだ帰りに仲間とそこで雪合戦をした思い出話をしてくれた。

今の時代も、その友人のようにこの街でキャリアをスタートさせたばかりの若者が、雪の中はしゃぐ姿は想像できる。しかし、この街の積雪が徐々に減ってきていることも頭をよぎる。確実に進んでいる気候変動は、あまり変化しないスポットにおいても、そこでの個人の経験を変えてしまうのかもしれない。

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ぞれぞれが見出す「価値」

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同時に、訪ねて来た友人・知人との会話から、私は日本や東京の断片を受け取ることもできる。円安で日本からの海外渡航は難しくなる一方で、外国からの訪問は急増している。私の故郷は利益第一のアミューズメントパーク化し、一時帰国しても自分の記憶にある東京が見つからない状況は想像に難くない。

私たちの経験や記憶は、経済や商業、地球環境などから常に影響を受け、時には行動も制限される。変化や失われるものがあまりに多い中、何もかもが大きな決定力に乗っ取られることのないよう観察し、場合に応じて抵抗もしていく…それは、一般市民が経験や記憶に見出す「価値」を自分たちのものとして愛でるためには欠かせないのだろうな。日本からの訪問者たちと時間を過ごしながら、改めてそう感じた。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

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