ニュージャージー州ニューアークはポルトガルからの移民とその子孫が多く暮らしていることで有名だ。今週は日本人の舌にも合うポルトガルの味を探訪、併せてリトルポルトガルの成り立ちにも迫る。
◆10月30日(水)午ô
先月24日、マンハッタン区の紀伊国屋書店にて、日本の小説家・藤野可織さんの朗読会とQ&Aのイベントが開催された。
藤野さんは2013年に『爪と目』で第149回芥川賞を受賞。その10年後の昨年、同作収録の著書が英訳出版されたのを祝うべく、日本在住の藤野さんは米国各地の大学や書店を訪れた。英訳を担当したケンダル・ハイツマンさんも同席し、英語での朗読や解説を添えた。
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わたしとあなた、爪と目
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『爪と目』は、母を不可解な状況で亡くした娘「わたし」と、彼女の父が再婚を前提に家に招き入れた不倫相手の女性「あなた」の物語。淡々と進むようでいて、ホラーともサイコスリラーともとれる緊張と気味の悪さを潜めている。
ストレスからか噛み癖が生じ、ぎざぎざになる「わたし」の「爪」は凶暴性を表し、ハードコンタクトレンズを入れないとほとんど何も見えない「あなた」の「目」は無関心を象徴するようだが、次第に誰が凶暴で誰が無関心かわからなくなっていく。ページを進めていくと、読み始めとは異なる時空があることにも気づく。
ほぼ二人称に近い形式もこの小説の特徴だ。しかし「あなた」を語るのは、冒頭では幼さを思わせる娘の「わたし」。人を「あなた」と呼ぶ機会は日本語では少ないのもあり、2人の異様な関係性の想像が膨らむ。
一方で、イベントでの訳者による朗読で「あなた」を英語の〝You〟として聴くと、藤野さんによる日本語の「あなた」に比べて、すっと落ち着いて響いた。加えて、まるでレポートのように単調に「あなた」の描写が続く不気味さも、米国英語の抑揚ある朗読では日本語と異なる印象を残した。日本語と英語での朗読を聴くことで、人と人の間隔やその間に漂う空気が2言語間で変わるのを改めて感じた。
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『爪と目』執筆について
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藤野さんは、この小説で「傷つかない人」を描きたかったそうだ。それまで「傷つきやすい人」の繊細な姿が描写された作品を多く読んできて、この考えに至ったと語る。加えて、ご自身も執筆時は長年のハードコンタクトレンズ利用者だった。目に異物を入れ、薄い膜を通して世界を見てきた著者の個人的な経験と感覚が、この作品の細部を更に際立たせた。
執筆中、一人称や三人称を試したり登場人物を変えたりしながら、幾度も書き直したと明かす藤野さん。そして最終的に、「知り過ぎているほど異常にいろんな物事をわかっている」語り手である「わたし」と、その対象の「あなた」を描き、しかし曖昧なことも多く残っている状況を作り出したそうだ。
「物語って、すごく不思議だと思うんです」と話した藤野さんの言葉が印象深かった。小説の中で人はどうしてこんなに長く話すんだろう? なんのためにこの量の情報を伝える必要があるのか? 頭の中に完ぺきに思えるものがあっても、いざ書き出すと1行目から失望することも多いそうだ。不完全でもいいという気持ちで取り組み、そして楽しんで進めていくことができると、それは大きな喜びになると話していた。
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10年越しの英訳発表
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『爪と目』を英訳したハイツマンさんはアジア文学・日本文学の研究者。藤野さんが2017年にアイオワ大学の国際創作プログラムに参加していた期間に、2人は親交を深めた。
昨今、日本文学は世界で注目を集めている。ハイツマンさんは、日本で各新人賞や芥川賞に選ばれるような短・中編小説の翻訳はますます進むと言う。世界ではnovellaと呼ばれる決して長くない物語の中でそれぞれの個性を表現する日本作家の作品が、今後更に広まることに期待しているそうだ。イベントでは翻訳家からの質問も多かった。
藤野さんは、日本語での発表から10年経って著書が英訳されたのは奇跡のようだと話す。自分にとっては古い作品が、時と言語を超えてより多くの、そして多様な人々に読まれる機会に恵まれる喜びを、笑顔と共に見せてくれた。
今後も増えるであろう日本文学の翻訳は、私たちの読書をより豊かにしてくれる。そして、ニューヨークで日本の著者の話を直接聞けるのはとても貴重で、心が満たされる時間だった。
COOKIEHEAD
東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim
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