木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第12回>「スキン・ポジティビティー」と 出会って

短か過ぎると毎年思うニューヨークの秋は、あっという間すら与えない速さで去り、空気はキーンと冷たくなる。するとこの時期、私の肌はいつも荒れる。皮膚科医に薬を処方してもらい、乾燥して赤くなった肌の手入れをする夜。それは、自分の肌の「不完全さ」と向き合う時間だ。

そうでなくても、私の肌は手がかかる…ニキビと切っても切れない関係があったから。10代の頃は、周りと比べては自分の肌を見るたび気持ちが沈み、肌の「不完全さ」と心の傷、どちらも覆い隠す日々を過ごした。大学を卒業し社会人になっても、大人ニキビか吹き出物か名前はなんであれ、この悩みは続いた。今でこそほとんどできなくなったが、過去のニキビはニキビ跡として居座り、そして歳を重ねるにつれシミや小ジワも現れる。そう、私の肌はいつも「不完全」。

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肌の治療やケアだけでなく、気持ちのケアの大切さ

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それでも今は、以前のように、外出をためらうほど落ち込んだり、肌のせいで自分を嫌いになることはなくなった。それは、数年前に「スキン・ポジティビティー」と出会い、肌の治療やケアだけでなく気持ちのケアの大切さを知って、心の支えを得たから。

スキン・ポジティビティーは、メディア、広告やインターネットなどで完ぺきに見える肌の概念に囚われず、自分のありのままの肌の状態を受け入れ愛することを後押しする。ボディ・ポジティビティーの一環とも、それと並行するものとも言われている。後発的に、自分の肌の「見た目」そのものから自己の価値を解放するスキン・ニュートラリティーという考え方も生まれ、それにも私は共感する。しかしそれを個人で実現するのはまだまだ不可能なほど、現実には肌の「不完全さ」にはネガティブな印象がつきまとう。なので、受け入れて愛することを説くスキン・ポジティビティーは今もなお重要だと感じている。

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エンパワーメントであり、コミュニティー作りであり、社会的ムーブメント

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「『不完全さ』があってもいいんだよ」「ありのままで美しい」というエンパワーメントの要素を持つスキン・ポジティビティー。加えて、「悩んでいるのはあなただけではないよ」「受け入れることが難しいのは当然で、その困難を共有しようよ」というコミュニティー作りであり、「肌の悩みを持つ人が、それによってジャッジされたり傷つく可能性がある今のあり方について考えようよ、変えていこうよ」という社会的ムーブメントとしても大きくなっている。

インスタグラムには現在、#skinpositivityのハッシュタグ投稿が28万件近くある。開いてみると、「不完全」な肌をさらけ出した写真が並ぶ。自分の肌の状態やケアの経過を報告したり、肌の状態に縛られずメークアップ表現を楽しむ人たち。このハッシュタグの向こうには、人の肌がそれぞれ「不完全」であるのは当たり前だと思い出させてくれる仲間がたくさんいる。

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「そういうもの」だと受け入れられる、人が傷つくことがない社会に

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若い頃、私がニキビから抱える悩みと傷に、静かに優しく向き合ってくれたのは母だった。これまでの肌悩みの記録と、新しく加齢のサインが共生する肌を持つ今の私が、ニューヨークから東京の母にすっぴんでテレビ電話をすると、その肌を見て、「そういうものよね」と母は返す。今はすとんと入ってくるこの言葉、スキン・ポジティビティーさえ知っていれば、10代の私も受け入れられたはず。そしてあの頃の母にとっても、表面も内面も傷ついていた私にかけたかった言葉だろう。そうなんだよ、「そういうもの」なんだよ。

「不完全さ」を覆い、憂うことしか知らなかった若い頃に、スキン・ポジティビティーと出会いたかった。だからこそ私は、今を生きる特に若い人たちが、肌の「不完全さ」によって傷つくことがない社会になって欲しいと心から願う。一般的な肌の価値観を極端に煽るものに、もう囚われないよ。とはいえ無意識にでも、自分もその煽りに乗っかってしまっていないかな。乾燥と赤みが引かない、今日も「不完全」な自分の肌と向き合うスキンケア時間に、そんなことを私は考えた。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

               

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