木を見て、森を見て、木として考えるコラム

<第10回>日系作家が描く、若者のニューヨーク旅行とクィアネス

少し遡って9月の頭に、ニューヨーク公共図書館で行なわれたトークイベントに参加した。日系カナダ人作家でいとこ同士でもある、ジリアン・タマキ(作画担当)とマリコ・タマキ(物語担当)の、グラフィック・ノベル『Roaming』(日本語訳未発表)刊行を祝したものだった。

この作品は、カナダ出身でカナダや米国で進学した、日系のゾーイ、韓国系のダニ、そして白人のフィオナが、ニューヨークシティーを訪れ、主に有名スポットを巡る数日間を描く。3人は、街に関して、そして自分たちについて対話をしながら、ぶつかったり新しい気づきを得たり。設定は2009年。タイトルの『Roaming』は、歩き回る、さまよう、という意味だが、データのローミングが主流であった頃であることも忍ばせている。

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初めての観光旅行で、ニューヨークシティーの解像度を上げる体験

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半分に折ってかぶりつく、大きくて脂っこくて美味いニューヨークスタイルのスライスピザ。冷たくあしらわれたと思ったら優しさも溢れる、街の人々。「だから鼻につくんだ」と悪態をつきたくなるほど豊かな、この街のアートと文化。どれも、2009年の話だからというだけでなく、長く住む者としてこの街を見る視点はおそらく新鮮ではないから、なんだか懐かしい。

著者の2人も、カナダで育ちながら、ニューヨークシティーに漠然と憧れていて、行ったことがなくても見知った街のような感覚を持つほど、文学やメディアを通して盛んに触れてきたと話していた。そしてそれぞれ実際に初めて訪れた際は、物語の3人のように、何を見ても感激したそう。しかし、特にジリアンはその後市内のデザイン系大学SVAでイラスト講師として住んだ時期があり、この街とのラブアンドヘイトの関係性が育ったと語っていた。自分たちの過去の写真を振り返りながら、愉快に話してくれた。

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人物を色濃く描くことで、印象深くなるメッセージ

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そしてこの物語は街だけでなく、3人の登場人物も鮮やかに描く。大学1年生である3人の、それぞれが将来を考えて選んだ道を歩み始めた頃に持つ独特の不安定さ。ゾーイの、自分のセクシャリティーを少しずつ解放し、フィオナと想いが通じ合うときめき。一方で、高校時代の親友ゾーイが、大学に入って解放し始めたセクシャリティーに対し、ダニが覚える戸惑い。

ストーリーを書くマリコは、レズビアンであると公言している。ゾーイと同じように、大学1年生の時にカミングアウトしたそうだ。ゾーイの描写は自身の経験を基にしたとは明言しなかったが、「とてもパーソナルなところから発する気持ちがストーリーになり、自分はどのキャラクターでもないようで、3人とも自分であるとも言える」と話していた。

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禁書になりやすいほど若者のクィアネスを描く著者でもあること

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同著者デュオによる2014年の作品『This One Summer』(日本語訳は同一タイトル)は、10代の主人公のジェンダーや性の目覚めの描写を主な理由に、米国で一時期最も禁書対象になる一冊に数えられた。しかしながら、クィアネスを生きる当人やその友人として経験し得ることを、本の中に求める読者は多くいるはず。なので、著者2人が続けていることは、本の制作や表現の枠を超え、人々の生き方を支えるほど重要な営みである。

ジリアンとマリコは、彼女たちの作品が特に若い層を対象にしたYA(ヤングアダルト)向けに分類されることは市場の仕組みとして理解する一方で、実際にはYA文学を強く意識して制作しているわけではないと言う。むしろ、年齢によらず読み手は一人の人間であることを尊重したい、と語っていた。

若者を描くことが多いデュオとはいえ、読者を簡単にくくらず、個々が人生それぞれのフェーズを生きる一人の人間として向き合っていると知れて、彼女たちの本が更に愛おしくなった。そして、禁書対象になりやすい書き手を招待する公共図書館やイベント参加者たちとも、何かを共有できたようで、胸がいっぱいになる夜だった。

 

COOKIEHEAD

東京出身、2013年よりニューヨーク在住。ファッション業界で働くかたわら、市井のひととして、「木を見て森を見ず」になりがちなことを考え、文章を綴る。ブルックリンの自宅にて保護猫の隣で本を読む時間が、もっとも幸せ。
ウェブサイト: thelittlewhim.com
インスタグラム: @thelittlewhim

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