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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
3月に数日間、4年ぶりに名古屋に帰省していた。郊外の両親の実家を2年前に売却してしまっていたので、今回、初めて名古屋の街の中心部にある妹夫婦の家の近くにとった宿が、下町の繁華街、大須商店街のすぐ近くだった。
大須観音、萬松寺を中心に広がる古くからのアーケード商店街で一時期は秋葉原、日本橋と共に日本三大電気街としても知られていた。東京に例えると浅草と秋葉原と下北沢を合わせたような歓楽街で、子供の頃は大須に連れていってもらうのが楽しみだった。観音様にお参りをしてから子供は甘栗を買ってもらい、映画を観たり、演芸場で漫才を観たりしてから「矢場とん」の味噌カツや「大松」の鰻なんかのご馳走を食べた。年の暮れには観音様の境内に羽子板市が出て小さなものでも買うと店中で三本締めをしてくれるのがなんとも大人の世界だった。400年以上あるこの歓楽街の歴史は盛えたり寂れたりの繰り返しで、子供の頃にあれだけ賑やかだった大須も90年代の終わりにはシャッターの締まった店が多くなって閑散としていて悲しかった。ところが、今回は地元の高齢者、制服を着た高校生、外国人観光客が渾然一体となって歩くのも困難なほど商店街を埋め尽くす賑わいを見せていた。大須商店街の復活の理由は歩いていてすぐにわかった。
地元の商店街組合が外部の大手チェーン店を入れずに、地元以外の若者が店を出店しやすいように受け入れていて、個性的な古着屋やセレクトショップ、オタク系のフィギュアやメイドカフェに中古レコード店などが何百年も続く老舗の隣で営業している。そして外国人の出店も受け入れていて、インド、台湾、ブラジル、中近東、韓国、メキシコと世界中の料理が楽しめる多国籍なアーケード商店街に変貌していて本当に嬉しくなって、宿も近かったので毎日のように訪れた。この多国籍なカオス的な賑わいは僕の心をワクワクさせてくれる。
今回の映画も、多国籍的なカオスを感じさせる60年代の香港を舞台にしたウォン・カーウァイ監督の代表作です。
国境を超えた影響
1962年の香港。新聞記者のチャウ・モウワン夫妻と商社で秘書を務めるスーとその夫がアパートの隣同士に同時に引っ越してきた。二人の連れ合いは家を空けることが多く一人で家に残された同志のチャウとスーは遠慮がちにお互いを知るようになるが、あるきっかけで二人の連れ合いが不倫をしていることに気づく。傷ついたお互いの心を寄せ合いはじめるチャウとスーだがプラトニックな関係を貫いていた。しかし近隣住民に関係を疑われはじめた二人はやがてホテルの2046号室で密会を始めるようになる。
イギリス統治下時代の香港のカオスで多国籍な雰囲気をウォン監督と撮影監督のクリストファー・ドイルは洗練されたスタイリッシュな映像とカメラワークで表現している。映画芸術に国境はない。ジョン・フォードに影響を受けた黒澤明が、その後のハリウッド映画に影響を与え、グラフィックデザインを学んだウォン・カーウァイ監督がソフィア・コッポラ監督に多大な影響を与える。そうやって何事も国境を越えた素晴らしい影響を受けながら発展していくのだ。外国の物や考え方や人材を頑なに受け入れない閉ざされた国に未来はない。
日本は人口が減少し、労働人口が逼迫を続け、経済規模が縮小し続け、国民が幸福を感じていない。そして、若者が未来への夢を見られる国ではなくなってしまっている。これからの未来の姿を大須商店街やウォン監督から学んで欲しい。
今週の1本
In the Mood for Love(邦題: 花様年華)
公開:2000年
監督:ウォン・カーウァイ
音楽:マイケル・ガラッソ
出演:トニー・レオン、マギー・チャン
配信:Amazon Prime、Max、Apple TV 他
家に帰らない連れ合いに寂しさを募らせるチャウとスーは同じアパートの隣人。二人はぎこちなくお互いを知り始める。
(予告はこちらから)
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers
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