レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Alice Doesn’t Live Here Anymore(邦題:アリスの恋)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


細かい手作業が好きだ。手縫いの裁縫や料理の飾り付け、娘のおもちゃや最近ではアクセサリーなんかを自分で修理したりする。ティーライトキャンドルの底に残った蝋を集めて数カ月に一度それを湯煎で溶かしてキャンドルを再生して作ったりする。貧乏性だと思われるだろうが僕の趣味といってもいいかもしれない。

細かい手作業をしながらいろんなことを考える。映画のアイデアも手縫いの裁縫をしている時に生まれたりする。実際に料理の飾り付けをしていた時に脳に電流が走り、その時のアイデアで短編映画が一本できた。細かい手作業は脳がリラックスして夢中になれるからだ。その原点はどこだろうと考えていて昔の記憶が蘇った。僕の二人目の母親と祖母は家で内職をしていて、それを一緒に手伝うのが楽しかった。子供のおもちゃを作ったり、電子回路盤に半導体チップや小さな電子部品を正しい位置に装着したり(昔は手作業だった)する内職を日の当たる縁側でしながらおしゃべりをしたのが楽しかったのだ。その当時は母と祖母が内職をしなければいけないほど家計が苦しかったわけではない。今考えると母も祖母も家事だけをしているのが嫌でどうにかして社会と繋がりたいと感じていたのではないだろうか。

黒澤明監督の名作『生きる』の中でも区役所の退屈な仕事を辞めておもちゃ工場で働き始めた若い女工が

「こんな小さなことでも子供たちの楽しい顔を思い浮かべながら作るとワクワクするのよ」というシーンがあった。女性に働く機会や昇進の機会を与えない社会制度や民意というものがいかに不公平であるかは想像力を少し働かせるだけでわかる。

今回紹介する映画の公開当時、1970年代初頭は米国社会が女性達の社会の繋がりに目覚めていこうとした変化の始まりの時期でもあった。

想像力が世界を救う

歌手になるという子供の頃の夢を諦めて主婦としてニューメキシコ州で粗暴なトラックドライバーの夫と生活していたアリスだが、夫が事故死してしまい、途方に暮れて12歳の息子トミーを連れて故郷のカリフォルニア州モントレーへの旅に出る。しかし、途中のアリゾナ州フェニックスで金が尽き、アリスはバーで歌う仕事を見つける。そこでアリスに執拗にいい寄るベンと恋仲になるが、ベンには妻がいると分かりアリスにも暴力を振り始めた。

逃げるようにフェニックスを出た二人は次の町トゥーソンに落ち着きアリスも仕方なくダイナーでウエートレスとして働き出す。そこでも地元の牧場主のデービッドと出会うが、アリスは男に頼って生きる生き方に疑問を持ち始めてデービッドとの仲に踏み込めずにいた。

大ヒットしたホラー映画『エクソシスト』の主演でスターの道を駆け上がっていたエレン・バースティンは当時始まっていたフェミニズム運動に触発され、女性をテーマにした次回作を模索中にこの脚本を見つけ、フランシス・F・コッポラ監督に若くて新鮮な感覚の監督はいないかと聞くと、当時自主制作映画で長編デビューした若いマーティン・スコセッシ監督を紹介された。

監督の男ばかりのギャング映画『ミーン・ストリート』を見たエレンは監督に「あなたは女性のことをあまり知らないでしょう」と聞くとスコセッシ監督は「はい、知りませんが、ぜひ女性のことを勉強したい」と答えて彼女はこの監督と仕事がしたいと思ったと後のインタビューで語っている。想像力を持たずにいつまでも男性中心社会に固執している日本が世界から取り残されているのが外からだとよく見えると思うのは僕だけだろうか?

今週の1本

Alice Doesn’t Live Here Anymore(邦題: アリスの恋)

公開:1974年
監督:マーティン・スコセッシ
音楽:エルトン・ジョン他
出演:エレン・バースティン、クリス・クリストファーソン
配信:ネットフリックス、フールー 他

夫に自動車事故で先立たれたアリスは、途方に暮れて息子トミーを連れて車でカリフォルニアへの里帰りの旅に出る

(予告はこちらから)

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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