レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Chinatown(邦題: チャイナタウン)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


ハードボイルドと聞いて僕たちの世代がまっ先に思い出すのは「ハードボイルド、Gメン75」というナレーションとおなじみのテーマ曲にのって横並びで滑走路を歩いてくる刑事たちではないか。日本ではハードボイルドという言葉は広いジャンルの犯罪フィクションを指すことが多い。しかし本場の米国ではごく限られた一部の犯罪フィクションだけがハードボイルドと呼ばれる。

舞台は1920年代から40年代にかけて、ギャングがはびこった禁酒法時代から第二次世界大戦末期にかけてのロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴなどの大都会の闇の社会。主人公は一匹狼の私立探偵、孤独で夜はバーに入り浸り、暴力を恐れず、大抵は貧乏で口数は少ないもののシニカルな口ごたえで返す。この年代の男が大抵そうであったようにスーツにソフト帽を身につけて大概はくわえタバコである。犯罪組織や時には腐敗した政治の世界にも一人で戦いを挑み闇を暴く。

ハードボイルドはノアール・フィクションと呼ばれることも多い。代表的なのはレイモンド・チャンドラー作品の私立探偵、フィリップ・マーロウ。「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という名言を覚えている方も多いのではないでしょうか。映画では、ハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャム、最近ではリーアム・ニーソンが演じました。今回の映画はハードボイルドを踏襲し、ポーランド人であるローマン・ポランスキー監督がヨーロッパ人からの感覚でノアール・フィクションを描いた、若きジャック・ニコルソンの代表作を紹介します。

ハードボイルド

1937年ロサンゼルス、私立探偵のジェイクは今日も顧客の配偶者の浮気調査に明け暮れていた。ある日、ロサンゼルス市水道局の幹部、ホリス・モーレイの妻を名乗る婦人から夫の浮気調査を依頼される。調査を始めてモーレイのスキャンダルも表沙汰になった時点で、本物のモーレイ夫人、エブリンがジェイクの前に現れて名誉毀損で告訴すると告げられる。誰がジェイクを罠に嵌めたのか、調査を続けるうちにホリス・モーレイは溺死体で発見され、怪しげな男たちがジェイクを暴力で脅し始める。それに屈する事なくエブリンの身辺と市水道局の周辺を執拗に調査し続けるジェイクはやがて、エブリンの父で影の有力者、ノア・クロスに辿り着き、水道利権に絡む巨大な陰謀とエブリン父娘の複雑な愛憎関係を知ることになる。

ハードボイルド・フィクションは戦後も米国文学で受け継がれ、数々の名作と忘れがたいキャラクター達を生んだ。米国へ渡る前の僕はロバート・B・パーカーの描くボストンで活躍するビール好きで料理が得意、詩をこよなく愛する元ボクサーのタフガイ私立探偵、スペンサー・シリーズに夢中になった。調査の行く先々で彼の飲む聞いたことのないビールの数々に想いを巡らせ、いつか飲んでみたいと米国への憧れを膨らませた。

このシリーズは『初秋』という米国文学の名作も生み作者が亡くなってもあまりの人気にシリーズはいまだに続いている。最近はローレンス・ブロックの描く元ニューヨーク市警の刑事で、事故で小さな子供を射殺してしまった心の傷とアルコール依存症を抱え、刑事を辞めても無免許で凶悪事件の調査をするマシュー・スカダー・シリーズにはまっている。舞台は僕が以前住んでいたヘルズ・キッチン地区で実在のバーもたくさん登場するので小説世界に没入してしまうのだ。皆さんもぜひハードボイルドの世界にはまってみては。

今週の1本

Chinatown(邦題: チャイナタウン)

公開:1974年
監督:ローマン・ポランスキー
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ
配信:Pluto TV、 Netflix、 YouTube他

ロサンゼルスの私立探偵ジェイクは市の水道利権に関わる巨大な陰謀を調査し始め、巻き込まれていく。

(予告はこちらから)

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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