レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Do the Right Thing(邦題:ドゥ・ザ・ライト・シング)

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


8月になるとニューヨーク市は割と過ごしやすくなることは日本の人たちにはあまり知られていない。世界中で起きている記録的で異常な猛暑も米国北東海岸までは届かない。それでも7月には35度を超える猛暑日がニューヨークにも何日か訪れる。今週は華氏で100度(摂氏37・7度)を超えた真夏のブルックリン区の一日を描き、スパイク・リー監督を世に出したインディー映画の傑作を紹介します。

ブルックリン区のベッドスタイ地区、華氏で100度を超えた猛暑の中、うだるような暑さに住民たちの我慢も限界を超えていた。黒人の多く住むエリアでピザ屋を営むイタリア人のサルとその息子たち、そのピザ屋でデリバリーとして働くムーキー、小さなデリのオーナーで韓国人のサニー、大音量のラジカセを抱えて近所を練り歩くラジオ・ラヒーム、それを厳しく取り締まる白人の警官たち。ただでさえ人種間の軋轢がピリピリと高い住民たちは暑さでフラストレーションをお互いにぶつけ始める。当然のことに顧客が黒人ばかりのサルのピザ屋では壁にかけられたイタリア人の有名人たちの写真に「黒人の居住地区で商売をするなら黒人の有名人の写真もかけろ」と主張し始める。そしていつものように大音量のラジカセを店で響かせるラジオ・ラヒームにサルは他の客に迷惑になるのでラジカセを切れと要求するが、それを拒否するラヒームに業を煮やしたサルはついにバットでラヒームのラジカセを叩き壊してしまう。お互いのテンションは一気に高まり、警察沙汰になってしまい、ついには暴動にまで発展していってしまう。

公開時、「今までの映画の歴史の中でその時代の米国の人種の関係をこれほど正確に描いた映画はない」と高い評価を受けながらも、「黒人の若者たちを暴動にかき立てる」という批判も同時に受けた。それに対してスパイク・リー監督は、「アーノルド・シュワルツネッガーの映画を観た後に観客が人を殺しまくるという批判は今まで聞いたことがない」と応えた。

本当の悪

この映画の後、ジョン・シングルトン、ヒューズ兄弟などの黒人の監督によって現代の米国社会における都市部の貧困地域の若者の厳しい現実を描いた映画、「ボーイズン・ザ・フッド」や「ポケットいっぱいの涙」などが数多く生み出されたのも、今回の映画がきっかけになったと言える。これらの監督による映画の数々はギャングの生活を歌詞にしたラップ・ミュージックなどとともに、今回の映画同様「薬物中毒という社会問題をグラマラスに描いていてけしからん」という批判を受けた。

あれから30年が経ちその答えが見えてきた。これらの映画やギャングスターラップなどの音楽はクラック・コカインが蔓延した時代の厳しい現実とその結果の重大さを描き歌い続け、クラックの時代を終わらせるのに貢献した。若者たちはそのファッションや音楽を楽しむと同時にストーリーを通して薬物やギャングの取引きの恐ろしさを感じ取っていた。そしてこの数十年間で米国社会に薬物中毒を田舎の隅々にまで深く蔓延させたのは紛れもなくスーツを着た製薬会社の重役たちと欲にまみれて必要のない患者にまでオピオイドを処方した多くの医師たちと薬品関係者たちだ。その時代の文化、芸術が社会にどのような影響を与えているかはしばらく時間が経過してみないと見えてこない。パンデミックの最中に芸術文化を不要不急と言った人間たちも自宅待機中に心を癒してくれたのは文化や芸術ではなかったのか。

今週の1本

Do the Right Thing
(邦題:ドゥ・ザ・ライト・シング)

公開:1989年
監督:スパイク・リー
音楽:ビル・リー
出演:スパイク・リー、ダニー・アイエロ
配信:Hulu、fuboTV他

華氏で100度を超えた猛暑のブルックリン。住民の人種間のテンションは暑さでピリピリと高まっていく。

(予告はこちらから)

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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