ジャズの聖地&#
映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
四年ほど前、何年も癌を患っていた僕の父はついに余命6カ月を医者から宣告された。母を亡くしてまだ一年も経っていなかった。ニューヨークから名古屋に帰国して老人ホームに入居したばかりの父に会いにいくとニコニコ笑って出迎えてくれる。「6カ月と言われてホッとしたよ」と言う。「お母さんもあっちに行ったし、兄妹も仕事仲間もほとんどあっちに行っちゃったからな。死にたいとは思わんけども、あっちの方が楽しそうなんだよな」だって。
滞在中はホームの職員があきれかえるほど妹と親子3人で毎晩名古屋の街を飲み歩いた。営業畑の人だったのでさすがにいい店をたくさん知っている。
「いよいよの時はニューヨークからすぐに帰ってくるからね」と言うと父は、「帰ってこんでもいい、お前も忙しんだから。死んでからゆっくり来ればいいよ」と言うので妹に「帰ってこんでもいいってさ、じゃあ悪いけど来る前に先に焼いといてね」妹は笑いながら「何言ってんのお兄ちゃん、焼肉屋で待ち合わせしてんじゃないのよ」ビールと味噌串カツを頬張りながら家族でゲラゲラ笑い転げた。
昭和10年生まれの父は子供たちに何かを丁寧に教えてくれる様な人ではなかった。僕も妹も元気に働く父の背中を見ながら人生の大切なことをひとつずつ拾い集めて育ってきた。そして父は人生の最期に「残された家族を悲しませない潔い逝き方」というのを身をもって子供達に教えてくれた。まだ考えるのは早いけれども、僕も逝く時は父の様に人生にいっさい後悔を残さず潔く逝きたいと思う。今回は保守的なアメリカ中西部で65年に渡り家族にも関係を隠し続けたレズビアンのカップルが人生の最期にカミングアウトする様を記録した心温まるドキュメンタリーを紹介します。
後悔のない最期
第二次大戦中、選手が次々と徴兵されて中断したメジャーリーグ野球に替わり、アマチュアの女子ソフトボール選手の先鋭が集められて女子プロ野球リーグが発足された。マドンナも出演した映画、「A League of Their Own」でも詳しく描かれている。実際の第一期女子プロ野球選手でキャッチャーのテリーはパットと出会い恋に落ちる。しかし当時は毎週のようにゲイバーに警察のガサ入れが入り、レズビアンバーでは男性風の装いをしていただけで逮捕された様な時代であった。二人は関係をビジネスパートナーと装い、インテリア・デザインのビジネスで成功を収め、一緒に暮らし始めた。
65年の時が過ぎ、テリーはパーキンソン病を患い少しずつ動けなくなっていき、オバマ政権の元でアメリカ最高裁は同性婚を合法化する判断に踏み切った。二人は親類にカミングアウトして本当の関係を伝える決断をした。テリーの最愛の姪っ子、ダイアナや親類、友人たちのサポートを受けて二人はついに結婚式を挙げる決意をする。
アメリカはご存知の通り同性愛やLGBTQに決して理解が深いとはまだ言い難い。保守派の最高裁判事も妊娠中絶の権利に続き、同性婚合法化も覆そうと狙っている。主人公の二人も残念ながら周りに理解や祝福をされて生きることはできなかったが人生の最期には周りから温かい祝福を受けてテリーは旅立っていくことができた。
これでG7の先進国の中で同性婚が合法化されていないのは日本だけになってしまった。LGBT理解増進法でお茶を濁しても法律できちんと公平な権利を全ての国民に今、与えなければテリーや僕の父のように後悔のない最期を迎えることができない人たちが大勢いるというのは本当に悲しい。
今週の1本
A Secret Love
(日本未公開)
公開: 2020年
監督: クリス・ボーラン
音楽: ダンカン・サム
出演: テリー・ドナヒュー、パット・ヘンシェル
配信: Netflix
家族にも関係を隠して65年もの間愛し合ったテリーとパットは人生の最期にカミングアウトをする決意をする。
鈴木やす
映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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