レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Swan Song

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


コロナパンデミックの渦中、残念なことに多くの映画が観客の目に触れることなく埋もれてしまった。大規模予算の映画はまだストリーミングでなんとか世に出せたが、低予算のインディー映画の数々は大きな打撃を受けた。今回はそんな劇場上映もできずにあまり人々の目に触れることがなかった素晴らしい映画の一つをどうにか一人でも多くの人に見て欲しいという思いで書きます。

オハイオ州の田舎町、サンダスキーの老人ホームで退屈な引退生活を送っていた町の伝説的美容師、パット・ピッツェンバーガーの元へ大金持ちの個人顧客だったリタの弁護士が訪れ、彼女の葬式での遺体のヘアとメイクアップをパットに託して欲しいというリタの遺言を伝えに来る。保守的な共和党員だったリタと深い確執があったパットは申し出を一旦は断る。しかし同じホームに暮らす年老いた女性のヘアを美しく仕上げているうちに昔の華やかな生活と女性を美しくする感動を思い出し、パットはホームを抜け出して大豆畑の田舎道をひとり歩き出す。 廃墟になった自分の美容院、更地になってしまったマイホーム、エイズで若くして亡くなった恋人の墓、町で唯一だったゲイバーのもうこの世にいない仲間たち、華やかだった自分の時代は遠くに去ってしまった現実を次々と突きつけられる。しかし、手で触れるものを全て華やかに美しく仕上げてしまう彼のマジックで町の若い世代と触れ合い、リタの孫、ダスティンに迎えられ過去を振り返るパットはリタとの深い確執が少しずつほどけていく。

ビタースウィート

甘くてほろ苦いという言葉がぴったりの心温まる物語だ。自分が現役だった時代の世界は遠くに過ぎ去ってしまったほのかな悲しさ。そんな時代と共に少しずつ癒されていく過去の心の傷あと。

渡米して20年ほど経った頃、名古屋に里帰りして子供時代を過ごした家に行ってみた。新設された高速道路の高架橋のために家があった土地まで道路が拡張されて思い出のいっぱい詰まった場所は橋桁になっていた。この橋桁のある場所でかつてひとつの家族が泣いたり笑ったり喧嘩したりして暮らしたことはいつか誰も知ることがなくなっていくだろう。振り返ると何も変わっていかない様に思えた家族の形や自分の人生は十年単位でガラッと変わっていった。

日本の若者は人口の多い高齢者の社会保障を人口の少ない自分たちの世代が支えるのは不公平だと口にする人間が多い。しかし僕たちの両親の世代がどれだけ必死になって働いて家族を支え、当時の高齢者を文句ひとつ言わずに支えていた姿をそんな若者たちにできれば見せてあげたい。コロナに罹ってしまったそんな世代の多くの高齢者は人工呼吸器が足りないのであれば若い人たちに優先的に回してあげて欲しいと言ったそうだ。そんな人たちから詐欺や強盗で金を巻き上げるなんて本当に悲しくなる。

80年代、猛威を振るったエイズはゲイコミュニティーに襲いかかり、それを半ば天罰だと言わんばかりに無視し続けた当時の保守層との間に深い確執と遺恨を残した。

あれから40年が経ち、この映画は分断の時代にその確執と遺恨を物語を通して少しでも癒やそうとしている。正義をいくら振りかざしても何も良くはならない。どの社会でも誰も一人で生きていくことはできないのだと気づくこと。誰の中にも温かい許し合える思いがあること。そんな思いの数々をこの映画は思い出させてくれる。

 

 

今週の1本

Swan Song
(日本未公開)

公開: 2021年
監督: トッド・スティーブンス
音楽: クリス・スティーブンス
出演: ウド・キア、ジェニファー・クーリッジ
配信: Apple TV

老人ホームで退屈な引退生活を送る伝説的美容師、パットのもとへかつての大金持ちの顧客からの遺言が届く。

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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