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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
いよいよ80年代に突入しようという1979年の暮れにこの映画が公開され、全世界で共感の嵐を呼んだ。ジェンダーの役割、女性の権利、父親の親権、仕事と家庭のバランス、シングル子育て。様々な問題を抱えた社会が変わろうとしていた時代にこの映画は正面から向き合った。
マンハッタンで広告会社に勤めるワーカホリックのテッドはその夜も遅くに帰宅した。子育てや家事を一切押し付けられて自分の人生を見失っていると感じていた妻のジョアンナは幼い息子、ビリーとテッドを置いて家を出ていくことを固く決意していた。翌朝から二人きりになったテッドとビリーの慣れない二人きりの生活が始まる。昇進してさらに忙しくなったテッドは母親を寂しがるビリーと増え続ける仕事量に追われて失敗ばかり。しかし隣人のマーガレットに精神的な支援を受けながらテッドとビリーは少しずつ親子の絆を深めていく。
一年以上が経ったある日、カリフォルニアで自立し始めていたジョアンナがニューヨークの彼らのもとに現れて、ビリーの親権を取り戻すと伝える。そしてクレーマー対クレーマーのビリーの親権をかけた法廷での泥沼の争いが始まっていく。
中学生だった僕はこの映画に感動してエイヴェリー・コーマンの原作も読んだ。ぎこちなく少しずつ絆を深めていく父と息子の愛情に感動で枕を濡らすほど泣いた記憶がある。
空中ブランコ
あれから僕も40年以上の人生経験を経て、子育ての経験もする中でこの映画の母親、ジョアンナの気持ちが深く染み入る様になった。働いても、働いても尊厳を持って人に認めてもらえない経験を自分なりにしてきたからだ。それは経済的な自立だけでは語れない辛さがある。たとえ幼い子供を残してでも自分の人生を今、探し求めなければ一生それを得られないまま終わってしまう。それほど強い思いなのだと今では理解できる。
コロナ禍の最中に自宅待機政策が少しずつ緩和されていた時期、アメリカでは飲食業のスタッフが店を再開しても戻ってこないという話題で持ちきりだった。ネットでは飲食業スタッフの待遇改善を求める声で盛り上がっていたが、飲食業を何十年も経験してきた僕は本質を見誤っていると思った。問題は経営者と従業員の関係ではない。客の従業員に対する扱いに嫌気がさして戻る気がしないのだ。
小泉政権以来、日本でも人々が個性と尊厳を持った人としてではなく、代替え可能な使い捨てパーツのような扱いを受けてきた。
非正規労働者、勝ち組負け組、雇用の調整弁、技能実習生。これらの言葉に共通するのは人間としての尊厳の不在だ。そしていまだに男性中心社会の日本ではシングルマザーの政策的、社会的、経済的支援に腰が重い。少子化対策、女性のさらなる社会参加を叫びながら「我が国伝統の家長制度」は手放したくない。夫婦別姓も同性婚も社会が変わってしまうから慎重に…。外から日本を見ているとよく見える。空中ブランコで両手を離して次のブランコに飛び移らないといけないのに、いつまでも片手をブランコから離せずに一生懸命次のブランコを掴もうとしている。みんな選挙に行って投票すれば時間はかかるけれどもいつか次のブランコに移れると思うけどな。「諦め」ってコロナよりも怖いんだよね。
今週の1本
Kramer vs. Kramer
(邦題: クレーマー、クレーマー)
公開: 1979年
監督: ロバート・ベントン
音楽: アントニオ・ヴィヴァルディ
出演: ダスティン・ホフマン、 メリル・ストリープ。ジャスティン・ヘンリー
配信: YouTube、Apple TV 他
ワーカホリックのテッドはある夜、家事と育児を任せ切っていた妻のジョアンナに出ていかれてしまい、男手ひとつで息子のビリーを育てることになる。
鈴木やす
映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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【音楽】 17日(
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