レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 The Five Pennies

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


ブロードウェイ・ミュージカル、「シカゴ」の振り付けで知られ、二年前に亡くなった、アン・ラインキングからダンスを習った話を以前にも書いた。彼女が話してくれた数々の逸話の中で印象に残った話がある。

70年代当時、ブロードウェイや映画界でもトップだった振付師で演出家のボブ・フォッシーの舞台のリハーサルのスタジオに、まだティーンエイジャーだった、マイケル・ジャクソンがよく遊びに来ていた。マイケルはスタジオの隅でダンサーたちの踊りを見様見真似でずっと練習していたそうだ。フォッシー自ら踊った映画「星の王子さま」の「スネーク・イン・ザ・グラス」のダンスをYouTubeで検索して見ていただくと、フォッシーがマイケルに与えた影響の大きさがよくわかる。芸術に完璧にオリジナルなものなど一つもない。誰もが誰かの影響を受けながら作品が生まれていく。

今回紹介する映画の主人公で実在したジャズミュージシャン、レッド・ニコルズも後に続くジャズ界の巨星、ジミー・ドーシーやグレン・ミラーに多大な影響を与えた。1920年代、オハイオ州の田舎町からニューヨークにやってきたコルネット奏者のレッドはジャズ楽団で頭角を表していく。ある夜、サッチモの愛称で知られるルイ・アームストロングの演奏を聴きにジャズクラブを訪れ飛び入りで参加、ダブルデートのお相手でジャズシンガーのウィラのハートを掴み結婚、夫婦でディキシーランドジャズバンド、ザ・ファイブ・ペニーズを結成する。

アメリカ中を巡業で周り徐々に名前が売れていく中でウィラは女の子を出産。娘のドロシーは幼いながら音楽的な才能を開花させていくが、旅周りのジャズバンドは女の子が育つ環境ではないことを悟った夫婦はドロシーを一人寄宿舎に入れて旅立つ。

人気が出てさらに忙しくなった二人は度々ドロシーに会いに戻る約束を果たせなくなり、雨の中で両親を待ち続けたドロシーはポリオに感染してしまい足が不自由になってしまう。絶望の淵に立たされたレッドは、金門橋の上からコルネットを投げ捨て家族のために生きる決心をする。戦争が終わり造船所で働くレッドのもとに、ファイブ・ぺニーズのメンバーだったジミー・ドーシーやグレン・ミラーの活躍のニュースが届く。彼はジャズへの情熱をほんとうに諦められるのか?

日本への恩返し

その芸達者ぶりで大人気となった主演のダニー・ケイは下積み時代の1934年に日本の舞台にも立っている。大阪での公演中に台風に見舞われ停電で真っ暗になった舞台の上で懐中電灯を片手に知っている限りの歌を歌い続けたそうだ。言葉の通じない観客を楽しませるために奮闘した経験が、後のパントマイムや顔芸を駆使した彼の芸風のもとになったと語っている。

そして彼は第二次大戦後ユニセフの親善大使になり、当時まだ食糧難で栄養状態も悪かった日本の僕たちの両親の世代はダニー・ケイが尽力して供給してくれたミルクのおかげで育った。彼の芸風を生んだ日本への恩返しの意味もあったのかもしれない。

この映画の中でのジャズミュージシャンのインプロ演奏を見て感動した若き道下和彦はのちにギタリストになり、スムーズに情報を伝える脚本の妙に感銘を受けた若き三谷幸喜は脚本家になり、ダニー・ケイの姿勢に感動した坂本九は人生を福祉に尽くした。やっぱり誰も一人では生きていけないんだ。

 

 

 

 

今週の1本

The Five Pennies
(邦題: 5つの銅貨)

公開: 1959年
監督: メルヴィル・シェイヴルソン
音楽: リース・スティーヴンス、シルヴィア・ファイン
出演: ダニー・ケイ、バーバラ・べル・ゲデス、ルイ・アームストロング
配信: You Tube、Google Play、Apple TV他

オハイオの田舎からニューヨークに出てきたコルネット奏者のレッドは、妻のウィラと共にザ・ファイブ・ペニーズを結成。人気バンドに成長していくが…。

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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