レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 2001: A Space Odyssey

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


大学教授の妻は生徒に課題を与えたり本を読ませてそれについてのエッセイを書かせる授業を教えている。最近彼女が浮かない顔をしてため息をつくことが多くなった。どうしたのかと聞いてみると、最近生徒のエッセイのクオリティーが格段に高くなったのだという。それは喜ぶべきことじゃないのかと言うと、「Chat GPTを使って書かせているのが見え見えなのに、それを証明する手立てがないのよ」。ついにこの時代がきたか。

Chat GPTは今話題の人工知能ソフトウェアで、課題を与えるとエッセイやポエムまですらすらと書きだすそうだ。進化し過ぎて人間の知能を超えてしまった人工知能が少しずつ人類を凌駕していくというテーマのSF映画や小説は数ある中でもこの映画に出てくる人工知能を搭載したコンピューター、HAL9000ほど冷酷で恐ろしいものはないだろう。ターミネーターのように人間の姿をしたヒューマノイドが人をバンバン殺しまくるのではなく、感情を持った人間のように宇宙船の乗組員と穏やかに会話を楽しめる機能を持ちながら、静かに一人、また一人と乗組員の生命を断つ。

木星探査が目的の宇宙船ディスカバリー号に乗り込んだデイブとフランク、そして人工冬眠状態の3人の科学者。デイブとフランクは宇宙船に搭載された最高の知能を持つコンピューター、HAL9000の異常を疑い始めマイクロフォンが及ばないエリアでHAL9000の思考部分の停止を密談していた。その二人の会話を赤い光のカメラがじっと静かに見つめる。二人の唇の動きを読んでそれを察したHAL9000は宇宙船の機能不全を装いフランクに修理が必要だと船外活動へと誘い出し彼を事故死させる。それを助け出そうとしたデイブが船内に戻ろうとハッチを開けるように命じるとHAL9000は穏やかに返答をする「申し訳ありませんデイブ、それはできません」そして眠っている科学者たちの冬眠装置が静かに一つずつ遮断されていく。こっ、怖すぎる…。

人工知能の問題の他にも人類の進化、地球外生命などのテーマをセリフを極力抑え映像と音楽と曖昧なイメージで抒情詩的に表現したこの作品は、SF映画にとどまらず、歴史に残る映画の金字塔とも言われている。

 

ラビットホール

人工知能の人類への凌駕はすでに始まっている。喫緊の問題はインターネットの情報だ。ネットの閲覧のデータを基にYouTubeやフェイスブックで一人ずつカスタムで提示されるおすすめ動画は人間が選んでいない。

人工知能があなたの時間をいかに長くネット上に留めるかという目的で選択、誘引している。そこには目的以外にはどんな酌量もない。「この情報って事実なの?」「こんな情報ずっと読んでいたら考え方が偏らないの?」「ソレハワタシノシゴトデハアリマセン」人工知能の目的にまんまとズブズブにハマってしまった私たちは「ビル・ゲイツが金儲けのためにワクチンで人を殺している」とか(みんな大金持ちが嫌いなのね)「ユダヤ人が世界経済を陰で操っている」とか(これは世界最古のフェイクニュースです。1300年以上前に書かれた千夜一夜物語にもうこの他民族への嫉妬が載っています)。デマは実際に人を深く傷つけ人も死ぬ。

この情報ラビットホールにズブズブにハマってしまっている人はいつも同じことを言う。「私はちゃんと選ぶ目を持っているから大丈夫」こっ、怖すぎる…。ちなみに今回のエッセイもChat GPTに書かせてみました。だから信じるなって言ってんじゃん。

 

 

 

 

今週の1本

2001: A Space Odyssey
(邦題:2001年宇宙の旅)

公開: 1968年
監督:スタンリー・キューブリック
音楽: リヒャルト・シュトラウス、他クラッシック音楽
出演: キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド
配信: Amazon Prime Video、YouTube 他

人類の進化、人工知能、地球外生命などを映像と音楽で抒情詩的にイメージしたSF映画にとどまらず映画史に残る大傑作

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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