ジャズの聖地&#
映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
大学を卒業してからフリーランスひとすじの私ですが、 半年間だけサラリーマンをした経験がある。 「日刊アルバイトニ ュ ース」 で知られた学生援護会という会社で営業の補佐をした。 時はバブル経済の真っ只中で、 就職戦線は超売り手市場。 日刊のアルバイトニ ュ ースは薄めの電話帳ぐらいの分厚さがあった。会社もものすごく忙しく皮肉にも人手不足で、 僕は入社一 日目の午後から何も教えられないまま一 人で名古屋の街に放り出された。 集金など決められたことを済ますと後はひたすら企業や個人商店に飛び込んでのチラシ配り営業の毎日だった…はずなのだが、一 人で街に放り出されたのをいいことに、 集金を朝方に終わらせてから本屋に行き、 情報誌 「ぴあ」 を立ち読みしてその日の映画情報を入れてから毎日映画館に通っ て映画をみた。 これを見事に月曜から金曜まで週五日間やっ たのでこの頃の映画にはかなり詳しい。
バブルの崩壊でその後この会社も吸収合併の憂き目にあったと聞く。 僕のせいとは言わないが、 その一端はわずかにあっ たかもしれない。 申し訳ないとは思うけどもちゃんと社員教育しなきゃダメだよね。
僕の人生を振り返るといつも映画があった。 亡くな っ た父親との思い出にも映画があ っ た。 話題の 「ジ ョーズ」に連れて行っ てくれたが、 まだ小さくて字幕の読めない僕のために父は映画の最中に字幕のセリフをずっと耳元で読んでくれた。 初めてのデートで上映時間を間違えた僕に気を使っ て 一緒に黒澤明の「用心棒」 を楽しそうに見てくれた優しい女の子との思い出にも映画があった。
僕は映画館の暗闇の中で人間性を育まれたと言 っても過言では無い。 その映画館が今危機を迎えている。 家庭用テレビの大型化と月額定期払い の ストリーミング ・ メディアの普及に加え、 世界中で猛威を振るったパンデミックが映画館の存続を危険水域まで押し下げた。 見知らぬもの同士が暗闇の中で肩を寄せ合い、 大きな銀幕に映写された光を無言で見つめる。 1秒間24コマの連続する静止画像は観客の視神経を流動的に刺激してフ ァ イ現象を引き起こし仮想の運動を知覚した僕たちは暗闇の存在をもはや感じなくなる。 そして銀幕にはこの光によ っ て映し出された人生の断片が生き生きと蘇る。そうや っ て映画は見るものであ っ て欲しい。
世界に通じる窓
第二次大戦後間もなくのシチリア島の田舎村に一軒だけある映画館、 「シネマ ・ パラディーソ」 。 幼い少年トトにとっ てはこの映画館が彼の遊び場だった。 映写技師のアルフレードは兵役で消息のわからない父親を待 つトトを叱りながらも可愛がっ ていた。 シチリア島の田舎の村人にとっ てはこの映画館が唯一 の世界に通じる窓であ っ た。
ある日、 発火性の高い当時のフ ィ ルムが元で火災事故が起き、 アルフレードはトトに救出されて九死に一生を得るが視力を失っ てしまう。 その後、 村人たちの尽力で映画館は再建され、見様見真似で映写技術を覚えた幼いトトが映写技師として迎えられる。
幼かったトトも青春時代を迎え、 村の美しい少女エレナに恋をするが兵役から戻ったトトにはエレナの行方がわからなくな っ ていた。アルフレードはそんな傷心のトトに最後の人生の導きを伝える。 この映画を見て読者の皆さんもぜひ映画館に戻 っ て行 っ てほしい。
座席でじっと無言で座り、 スマホも見れない不便な映画の見方かもしれない。 でもその暗闇はあなたの人生を育む世界に通じる窓となることでし ょう。
今週の1本
Cinema Paradiso
(邦題:ニュー・シネマ・パラダイス)
公開: 1988年
監督: ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽: エンニオ・モリコーネ
出演: フィリップ・ノワレ、サルヴァトーレ・カシオ、マルコ・レオナルディ
配信: Amazon Prime Video、Apple TV、VUDU他
第二次大戦直後のシチリア島の田舎村の唯一の映画館で映画を通して温かい絆を結ぶ少年トトと映写技師アルフレードの友情物語。
鈴木やす
映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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