レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 戦場のメリークリスマス

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


多くの人は感性の鋭い若者時代に心を激しく揺さぶられてしまうような映画に出会うことがあると思う。僕にとっては今回の映画が僕の人生を映画の世界に導いた作品である。16歳という最も多感な時期に僕はこの映画に出会い持っていかれてしまった。他にも見るべく映画はたくさんあったのに少ない小遣いを叩いて映画館に何度も足を運んで繰り返し見続け、坂本龍一のサウンドトラックのレコードを擦り切れるほど聴いた。ストリーミングなどもちろんない時代の話である。1983年当時、テレビで飛ぶ鳥を落とす勢いだった人気のビートたけし、テクノポップをリードしていたイエロー・マジック・オーケストラの坂本龍一、麻薬中毒の暗い時代を乗り越えてカムバックした70年代のスパースター、デビッド・ボウイ。現在では芸術の巨星となったアーティストたちが恐れを知らず決して迎合しないテーマの映画を作り続けていた大島渚の手によってぶつかり合い爆発し、ビッグバンのように次の時代の芸術ユニバースが生まれた瞬間に僕は最も多感な時期に立ち会うことができた。1942年、日本軍が占領したジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所は青年将校で陸軍大尉ヨノイと粗暴な軍曹ハラによって西洋人俘虜に武士道の哲学を押し付ける非人道的な統治を行なっていた。ある日収容所にイギリス人俘虜、ジャック・セリアズが送られてくる。ハンサムでプライドを持って信念を決して曲げようとしないセリアズとイギリス空軍大佐ヒックスリーの反抗的な態度に業を煮やすヨノイとハラだが、収容所の俘虜の中で唯一日本語を解するイギリス人俘虜ロレンスの必死の仲介によって彼らはなんとか生き延びていた。そんな時セリアズとロレンスは無線機を隠し持っていた容疑で独房に収監される。隣り合う独房で二人はお互いの過去の後悔を告白しあう。クリスマスの日、二人はハラ軍曹に呼び出され死刑の執行を覚悟するが、酒に酔ったハラは二人が驚く意外な行動に出た。奇妙な友情が芽生えるハラとロレンス、そしてヨノイはセリアズに惹かれていく自分に激しく動揺し始める。

摩擦と軋轢

この映画が公開された1983年は日本経済が世界を席巻する勢いで成長を続け、アメリカとの貿易摩擦はレーガン政権を震撼させ、第二次世界大戦の終結から40年近い年月を越えてなお、あらたな民族間の溝が深まっていた時代に制作された。戦争という異常な状況の中での西洋と東洋の哲学的摩擦と軋轢。美しい友情物語で軋轢を取り繕うのではなく、大島渚はあえてその精神的な摩擦と哲学的軋轢を映画で表現し、そんな極限状況でも芽生えるほのかな友情と抑えきれない性愛を描ききった。

戦争を知っている世代の芸術家たちから戦争を知らない僕たちの世代の表現者たちはインスピレーションというバトンを渡された。「オリジナルなものなどひとつもない。インスピレーションを鳴り響かせイマジネーションを焚き付ける全てのものから盗め」と映画監督ジム・ジャームッシュは言った。大島渚、坂本龍一、北野武、デビッド・ボウイ。彼らから渡された熱いインスピレーションを胸に、これからも恐れを知らない表現を続けていきなさいとこの映画は今でも僕たちに熱く語りかけてくれる。メリークリスマス🎄

 

 

 

今週の1本

戦場のメリークリスマス
(英題:Merry Christmas Mr. Lawrence)

公開: 1983年
監督: 大島渚
音楽: 坂本龍一
出演: デビッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ
配信: Hulu

1942年、ジャワ島の日本軍俘虜収容所を統括する陸軍大尉ヨノイと軍曹ハラの元にイギリス人俘虜セリアズが送られて来る。

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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