レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Ghost Dog: The Way of the Samurai

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


「フィルムメーキングの第一のルール、それはルールがないということだ」。この映画の監督、ジム・ジャームッシュのこの言葉をいつも心の片隅に置きながら、映画の制作に携わっている。「プロットにはテーマを持たせなければ」「ストーリーにはアークがなければ」「これでは観客に理解してもらえない」。共同作業で制作費も大きい映画制作はリスクも多く、アイデアを思いついた時は自由でも、制作の過程で不安に駆られてこうしたルールにしがみついてしまいがちになり、結果どこかで見たことのあるような可もなく不可もない映画が出来上がる。

彼の映画を見るたびに想像を自由に作り上げて銀幕に映写させるピュアな感動をあらためて心に落とし込んでくれる。

主人公ゴーストドッグは、マフィアのメンバー、ルイに命を救ってもらって以来、彼に忠義を誓い、ルイの依頼する殺しを請け負うヒットマンとして暗躍するようになる。誰も素性を知らないゴーストドッグへの唯一の連絡方法は記録の一切残らない伝書バトでのやりとりだけだ。ゴーストドッグは山本常朝が江戸時代に編さんした武士の心得「葉隠」をその哲学に、失われるはずだった命をルイへの忠義に捧げる。

彼の友達と呼べるのは、フランス語しか話すことができないアイスクリームトラックのベンダー、レイモンドと公園で出会った少女、パーリーンだけだ。ルイのボス、ヴァーゴは敵対するマフィアの幹部を消すことをルイに一任し、ルイから依頼を受けたゴーストドッグは静かに事を片付ける。しかし、敵対マフィアとのさらなる抗争を避けるためにヴァーゴはルイにゴーストドッグを消すことを命じる。忠義と組織の掟の板挟みになるルイとゴーストドッグ。それを察したゴーストドッグは、静かにしかし素早く動き出す。

武士の死生観

この「葉隠」は、昭和初期の日本の暗い時代には武士の死生観の解釈を都合の良いように軍国主義の高揚に利用されて、結果多くの人たちの命が戦争によって失われた。

戦後民主主義の中で生まれ育ち、多様性社会のニューヨークで大人になった僕は素直に受け入れられず斜に構えて見てしまう。しかし、ジム・ジャームッシュという映画作家のインスピレーションを通して描かれた物語の中で、武士道の哲学、輪廻(りんね)転生の死生観は生き生きと現代によみがえってみせる。

実は今、NYジャピオン誌上で「Akoの真っ直ぐ俳優道inニューヨーク」を連載していらした大先輩、アコさんの演出でオフブロードウェー公演「忠臣蔵」の中で浅野内匠頭を演じさせていただいており、そのリハーサルの大詰めである。宝塚歌劇団出身のアコさんに着物の着方、はかまのはき方、サムライ言葉や細かな所作、礼儀作法までみっちり仕込まれている。細かい身体使いを学ぶことで、その時代に生きたサムライたちの魂が少しずつ僕たち俳優の中に宿ってくる。

刀で斬り合わなければいけなかった時代の忠義とは、なぜ厳しい礼儀作法があるのか、武士道の哲学とは。想像は膨らんでゆく。最近は大学や公共の場から過去の偉人の銅像が撤去され始めているそうだ。もちろん中には撤去されるに値する人物の銅像もある。しかし二十一世紀の倫理観で何百年も昔の人物を断罪するのは僕には正義とは思えない。想像力の欠如ではないかしらん。昔の人たちが暴力が幅を利かせていた時代に少しずつ時代を前に進めたからこそ、今の僕たちの倫理観があるのではないか。興味のある方は今回の映画とともに、ぜひ「忠臣蔵」にも足を運んでください。amaterasuza.org

 

 

 

 

今週の1本

Ghost Dog: The Way of the Samurai
(邦題:ゴースト・ドッグ)

公開: 1999年
監督: ジム・ジャームッシュ
音楽: RZA
出演: フォレスト・ウィトカー、ジョン・トーメイ、イザーク・ド・バンコレ
配信: HBO Max、Amazon Prime Video他

マフィアのルイに命を救ってもらったゴーストドッグは彼に忠義を捧げ、侍の哲学を持ってヒットマンとして暗躍するようになる。

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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