レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Kiss of the Spider Woman

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


2000年の春にミュージカルの公演でリオ・デ・ジャネイロとサンパウロに1カ月間滞在した。リオの空港に降り立ち、ホテルのあるコパカバーナビーチまでのバスに乗り高速道路から見下ろす形で窓の外を見ると、ベニヤ板とトタンとボロ布で作られた小屋が隙間もないぐらいギッシリとひしめき合って見渡す限り延々と続いていた。ファベーラと呼ばれるリオのスラム地域だ。

コパカバーナビーチに着くとそこは全くの別世界だった。ビーチに沿った海岸線には高層ホテルとコンドミニアムが立ち並び、砂浜には小さな水着を身に着けてハメを外す観光客で溢れ返っていた。ビーチには椅子とカウンターを置いてビールとブラジルのカクテル、カイピリーナを売る小さな小屋が間隔を置いて商売をしている。

1日目の夜、その小屋の一つで仲間と飲み始めた。夜の海風が気持ちいい。午前12時を過ぎても小屋のにいちゃんは店を閉める気配がないので大酒飲みの舞台スタッフといつまでも飲み続けた。午前3時を過ぎた頃、さすがにもう店のビールが売り切れるだろうと思っていると店のにいちゃんが客を残したまま消えてしまった。30分ほどするとにいちゃんはどこかからビールを4〜5ケースほど調達して戻ってきた。大酒飲みの観光客相手にとことんまで商売する覚悟らしい。この国は営業規制がずいぶん緩いみたいだ。

ビーチのすぐそばに急峻な山がそびえ立っている。キラキラと夜景が輝く山の麓から上に上がっていくほど山が暗くなっている。その光景をボーッと眺めていると地元のスタッフが、「あの山は上に行けば行くほど電気のない低所得者の地域になっているんだ」と説明してくれた。結局その山から朝日が白々と登ってくるまで飲んでしまった。

ブラジルでは経済格差がはっきりと目に見えた。今回の映画はそんなラテンアメリカが経験した激動の20世紀をある視点から描いている。

奪い去られた未来

1964年から始まった軍事独裁政権時代でのブラジルの刑務所の監獄の一室。政治犯として捕らえられたバレンティンと、未成年の少年にわいせつ行為を働いた罪で収監された同性愛者のモリーナという立場の全く異なる男が2人。モリーナはバレンティンに彼の一番好きな映画のストーリーを暇つぶしに語り掛けている。第2次世界大戦中にナチスの将校に恋をした美しい女性歌手の悲しい物語だ。監獄の中の2人の男の厳しい現実とモリーナの語る幻想的な映画の二つのストーリーが交互に進んでいく。拷問の責め苦と食事に盛られた毒に苦しむバレンティンをモリーナが親身に介抱していくうちに2人の間に少しずつ友情が芽生えてくる。しかしモリーナの愛情の裏には別の目的が隠されていた。

大学時代にこの映画を見て完璧な映画だと感じた。美しい映像、強い個性のキャラクター、独裁政権の非道さを浮き彫りにし、サスペンスに手に汗握り、2人の男のぎこちない友情に心を打たれた。日本の経済格差もパンデミックをきっかけにして確実にはっきりと見え始めている。この映画を見た僕の学生時代、日本人には夢と明るい未来があった。勤勉な国民からその夢と未来を少しずつ奪い去り、経済格差をここまで広げた政治家たちの言い訳にはもう絶対にだまされない。モリーナを素晴らしい繊細さで演じ、今年3月に亡くなったウィルアム・ハートに心からの敬意と感謝を込めたい。

 

 

 

今週の1本

Kiss of the Spider Woman
(邦題: 蜘蛛女のキス)

公開: 1985年
監督: エクトール・バベンコ
音楽: ナンド・カーネイロ
出演: ラウル・ジュリア、ウィリアム・ハート、ソニア・ブラガ
配信: Amazon Prime Video、YouTube

軍事独裁政権下のブラジルの刑務所で、同じ監獄に収監された政治犯のバレンティンと同性愛者のモリーナの間で芽生えるぎこちない友情の物語。

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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