レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 12 Angry Men

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


小学生の娘が毎年楽しみにしているのが、ディベート・コンテスト、小学3年生から参加している討論大会だ。決められた議題をじっくり先生と生徒たちで話し合い、事実検証をしっかりしながら冒頭陳述を作成して練習を繰り返す。「選挙投票を国民に義務付けるべきか」「医療研究の動物実験は必要か否か」という社会的な議題もあるが、「高校生の始業時間を午前10時に遅らせるべきか」などという子供たちにとって直接関係してくる身近な議題も討論する。

賛成、反対双方の陳述が終わると討論に入る。討論の審査も中学生が行い、あくまでも子供たちが主体で運営が進む。審査の基準で重要な要素は、冷静に誠意を持って討論が進められたかということだ。何よりも僕が素晴らしいと感じたのは、一人の生徒が議題に対して賛成の立場から陳述と討論を終えると、同じ生徒が次は反対の立場から陳述と討論をすることだ。そうすることで社会にはいろいろな多様な意見や考え方があり、自分の意見とは相いれない立場の人たちと冷静に民主的に話し合うことを幼い頃から習っていく。

家で何度も練習した冒頭陳述を壇上でする娘の姿を見て、民主主義の大切さを幼い頃から体で覚え込ませるこのような素晴らしい教育が世界中で行われたら、暴力で人の意見を圧殺する卑怯な蛮行が一つでも減っていくのにと心から感じた。

民主主義とは自分の意見で一人でも多くの反対する人間の意見を変えさせて駆逐していくものではない。自分が正しいといくら強く感じていても、別の意見を持つ人間はいつの世も決していなくならない。

しかし、完璧ではないにせよ、多様な意見の人間たちが許し合える範囲で一緒に生きていける社会を、言葉の力で共に築いていこうと努力を重ねていくのが民主主義だ。しかし現在多くのソーシャルメディア上では、他者の意見をミームであざ笑い、自分が賛同する意見の情報であれば虚偽情報であっても事実確認もしないで安易に拡散されている。社会の分断はさらに深く広がり、先人たちがたゆまない努力で築いてきた民主主義の根幹が揺らいでいる。僕たち大人たちはアメリカの小学生から正しい民主主義を教えてもらう必要がある。

言葉の力

ニューヨーク市の裁判所内にある陪審員室で、12人の陪審員が虐待を続けた父親をナイフで刺殺した疑いの18歳の少年の事件の判決を下すための協議が行われている。状況証拠と目撃者たちの証言から、有罪判決を下すべきなのは明白だと誰もが感じていた。有罪になれば当時の法律で少年は電気椅子による死刑が確定する。

しかし一人の陪審員8番が、有罪判決を下して少年を死刑に送る前に証拠と証言をもう一度深く検証する必要があると主張する。早く判決を下して義務から解放されたい11人の陪審員たちは全員一致が原則の中で憤りを隠せない。それでも陪審員8番は言葉の力で、確実と思われた証拠と証言の不安定さと少年が無実である可能性を陪審員一人ずつに納得させていく。映画のほぼ全編がこの陪審員室の白熱した話し合いで語られる。

日本でも2009年からこの陪審員制度が施行され、刑事裁判で一般市民が民主的に協議検討していく重要さが改めて語られている。司法の場だけではなく世界を見渡せば、暴力で一方的に服従させようとする不穏な流れがわれわれの民主主義社会でも少しずつ侵食してきている。

今こそこの映画を見て改めて民主主義の大切さを一人一人が考えてほしい。暗殺のような蛮行を民主主義社会で二度と起こさないためにも。

 

 

 

今週の1本

12 Angry Men
(邦題: 12人の怒れる男)

公開: 1957年
監督: シドニー・ルメット
音楽: ケニヨン・ホプキンス
出演: ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、エド・ベグリー
配信: VUDU、Amazon Prime他

ニューヨークの裁判所で、12人の陪審員の男たちが父親を殺害した罪に問われた少年の判決を下すために熱い議論を戦わせる。

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。
1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapolo gizers

 

 

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