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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
アメリカ連邦最高裁判所の多数意見草案の内部資料が漏えいされ、女性の人工中絶を憲法で保障されている権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆す内容であることが知られた。この審議がもし可決されると、多くの州で人工中絶を全面禁止することが可能になってしまう。安泰だと思っていた権利が50年の時を経て、また人々から取り上げられてしまう可能性がある。
連邦最高裁は、2015年のオバマ政権時代には同性婚を禁止している州法を違憲と判断して、アメリカ全土で同性婚が認められる判決を下した。しかしこの判例でさえ、連邦最高裁判事に保守が多数を占める時代ではいつ覆されるかわからない。
今回は1970年代にLGBTQの権利拡張に命を張って戦ったハーヴェイ・ミルク氏の功績と人生を追ったドキュメンタリー映画を紹介したい。ショーン・ペンが彼を演じてアカデミー主演男優賞を受賞した映画、「ミルク」をご覧になった読者もいるだろう。今回はミルク氏に関わった人たちの証言と本人のインタビュー記録を基にしたこの映画を見てほしい。
ニューヨーク、ロングアイランドで生まれアメリカ海軍で朝鮮戦争に従軍したが、同性愛者を理由に除隊を余儀なくされた後、職を転々とした彼は1970年代初頭、同性愛者が集まりコミュニティーを形成しつつあったカリフォルニア州サンフランシスコのカストロ地区に惚れ込み定住を決意、小さな写真店を営み始める。同性愛者に対する軋轢(あつれき)と差別に耐えることを強いられたこれまでの人生に疑問を持ち始め、公民権運動と伝統的な古い価値観にあらがう若者たちのムーブメントにも触発されて、カストロ地区を足場にして同性愛者の権利拡張に尽力し始める。やがてコミュニティーに根ざした政治活動でリーダーとしての頭角を表すようになり、「カストロ通りの市長」と呼ばれるようにまでなった。
サンフランシスコ市の市会議員を目指した活動当初は、彼を本気にする人は少なくジョークのように扱われていたが、地道な演説活動と握手攻勢は決して諦めなかった。そして徐々に人口が増えていったカストロ地区の住民の声をサンフランシスコ市も無視できなくなっていき、彼は同性愛者の権利拡張にとどまらず、大手資本に奪われていきつつあったサンフランシスコの街に憤りを感じていた多くの人たちの賛同も徐々に獲得していき、3度目の立候補でついに彼は全米で初めての同性愛者を公言する大都市の政治家になった。しかし、同性愛者を嫌悪する古い価値観の勢力は彼の足元にまで迫っていた。
無知のべール
政治学者ジョン・ロールズの唱えた「無知のベール」と言われる考え方がある。自分が何者か分からない状態のつもりで全ての社会の一員のためにルールを決めていくべきという哲学だ。僕は自分が何者であれ全ての人たちが自分と同等の権利を持つ事は必要だと強く感じる。
いつ暗殺されるかわからない危険をはらむ同性愛者としての政治活動を承知していたミルク氏は、遺言をテープレコーダーで残していた。そこで彼は「もし凶弾が私の脳みそを破壊したら、その弾丸で全てのクローゼットのドアをぶち破ってほしい」と語った。彼が遺言通りに凶弾に倒れた1978年から37年後の2015年、アメリカ全土で同性婚は合法な権利と認められた。その権利を命を張って勝ち取ろうとした人間がいたことを多くの若い読者に知ってほしい。
今週の1本
The Times of Harvey Milk
(邦題: ハーヴェイ・ミルク)
公開: 1984年
監督: ロバート・エプスタイン
音楽: マーク・アイシャム
出演: ハーヴェイ・ミルク、ハーヴェイ・ファインスタイン(ナレーター)
配信: Vudu、Amazon Prime他
1970年代にLGBTQの権利拡張に命を燃やしたハーヴェイ・ミルクの生涯と功績を、関係者と本人の証言で追ったアカデミー賞受賞のドキュメンタリー映画。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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