レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 When the Wind Blows

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


90年代の初め、ニューヨークに渡って一年目ぐらいのある夜、ずっと我慢していたがその時、初めて名古屋の実家に国際電話をかけた。ズームもフェースタイムももちろん無い時代の話だ。父、養母、妹と順番に電話口に出てきて約一年振りに家族の声を聞いた。そして最後に出てきたおばあちゃんがポツンと「もう会えんかもしれんね…」と呟いた時、泣くまいとずっとこらえていた堰(せき)が切れた。

明治生まれで長男の僕を宝物のように優しく、時には厳しく育ててくれた母方のおばあちゃん。僕の胸元ぐらいの背丈しかないのに戦時中に6人の子供を育て上げたとても強かったおばあちゃんが、すっかり弱くなってポロリとこぼした本音なのだろう。電話を切って一人ぼっちで座るマンハッタンのアパートのキッチンで、淋しさに打ちひしがれてむせび泣いた。白黒の市松模様のリノリウムの冷たい床から泣きながら目を上げるとキッチンの壁に掛かったキッチンペーパーのロールのプリントが目に入った。うれしそうに優雅に空を舞うカモメの下にFreedomというキャプションが描かれている。その時に思い知った。「自由には代償がある」。

しがらみの多い日本から自由を求めてニューヨークに渡ったが、そこには孤独という厳しい代償があった。自由というのは与えられたフカフカの心地よいソファではなく、厳しく冷たい代償を払って勝ち得るものだったのだ。今、その自由が世界中で蹂躙(じゅうりん)されようとしている。昨年1月6日のアメリカ合州国連邦議会への襲撃、東アジアでは自国民が安全と繁栄を引き換えに人権を締め付けられ、ヨーロッパの東では非人道的な軍事侵略が起こっている。三権分立、基本的人権、司法の中立性、代表制民主主義、表現の自由。僕たちは、過去の人たちが血を流して勝ち取ったこれらの権利を、当たり前のことと感じていないだろうか。平和な時にこそ、一人一人が議論と練習を重ねて社会に根付かせなければ、外部勢力だけではなく自国の政治家でさえも国民から奪い取ろうとする。

想像力が世界を救う

仕事を引退しイギリスの片田舎で静かに年金生活を送る老夫婦のジムとヒルダ。ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を発端に日々悪化し戦争に傾いていく東西の世界情勢について新聞で読んでも、楽観的な性格の二人は子供時代の前の戦争中に防空壕(ごう)の中で家族が寄り添った思い出をのんきに語り合いながら、政府発行のパンフレットに従い家の中で手作りのシェルターを作り始める。しかし、ついにラジオから3分後に核弾頭を搭載したICBMミサイルが着弾すると告げられる。ふんわり柔らかなタッチで多くの人に愛されるレイモンド・ブリッグズの絵本が原作だが、テーマは今の世界情勢には背筋の凍るような内容である。

このエッセーを書くのに第二次世界大戦後の東西両陣営の軍拡競争の歴史を振り返ってみた。朝鮮戦争、キューバ危機、東ヨーロッパの解放、ソビエト連邦の崩壊。今、世界が東ヨーロッパで目撃しているのは「核の抑止力」の理論の脆弱(ぜいじゃく)性ではないか。一人の弱い者いじめの侵略者が核の使用を本気でちらつかせ始めたら、世界中が硬直して非人道的な虐殺を諦観するしかすべがない。僕はもちろん戦争の本当の悲惨さを経験していない。しかし想像力はある。想像力が世界を救う。文化は人をピュアにする。そして物語は人を深い洞察に導く。そう、文化はやはり人間社会にとってエッセンシャルなものなのだ。

 

 

 

今週の1本

When the Wind Blows
(邦題: 風が吹くとき)

公開: 1986年
監督: ジミー・T・ムラカミ
音楽:ロジャー・ウォーターズ、デビッド・ボウイ
出演: ジョン・ミルズ、ペギー・アシュクロフト
〈日本語版〉森繁久彌、加藤治子
配信: Tubi、Amazon Prime他

仕事を引退し、イギリスの片田舎で暮らすジムとヒルダは、東西の世界情勢が悪化し戦争が始まろうとも楽観的。保存食を準備し、シェルターを作り始めるが……。

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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