2024年度で結成25
映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
小学校一年生だったある日、担任の先生が不在で自習時間になった。しばらくは教室で仲の良いグループに分かれてガヤガヤと雑談していたが、一つのグループが運動場に出て行って遊び始めた。すると他の生徒も後に続き、結果的にほとんどの生徒がその時間中に運動場で遊んだ。
次の授業で戻ってきた担任の先生は、許可なく運動場で遊び始めた生徒たちに激怒して、真相を追求すると意気込んで、授業もそっちのけで事情聴取をし始めた。そして、誰が「外で遊んでもいいそうだよ」という偽情報を最初に言い始めたかという犯人探しに移り、一人の生徒がおずおずと証言し始めた。「あれは確か…鈴木くんの声だったような気がします…」。無実の僕は犯人にでっち上げられてしまった。
僕は2月生まれなので小学生低学年の頃は周りの子供との成長の差が大きく、ただでさえみんなについて行けない焦りをいつも感じていた上に、やってもいないことで担任の先生も含めたクラス中からつるし上げられて糾弾された。「僕は言っていません」と小さな声で必死の抵抗をするが、クラス40人の目は僕を矢のように見つめている。ついに担任の先生が、ため息交じりに僕に言った。「あなたが素直に僕が言いましたと言ったら済むことなのよ」。そして、幼かった僕はついにみんなの前で泣き出した。
40年以上も前のことだが、あの時の激しい憤りの感情と共に昨日のことのように鮮明に覚えているのは、よほど僕の中でトラウマになって残っているからだと思う。情報を瞬時に全世界に拡散できる技術を誰もが持っている現代、事実ではないことを拡散されれば、その裏には深く傷ついている人間が必ずいる。実際に人が殺される戦争の情報拡散の影響はなおさらだ。
私だけが知っている
アメリカ大統領選挙の直前に大統領自らの未成年の少女に対する淫行スキャンダルが発覚する。そこで急きょ、スピンドクターと呼ばれる情報操作のプロ、コンラッド・ブリーンが招集された。彼はハリウッドの有名プロデューサー、スタンリー・モッツに秘密裏に依頼してアルバニアでのフェーク戦争をでっち上げて、世論の注目をスキャンダルから遠ざける画策を始める。フェークの戦争英雄をでっち上げ、人気フォーク歌手に歌まで作らせた結果、彼らの情報操作はまんまと国民の注目をスキャンダルから遠ざけることに成功するかに見えたが……。
この映画の公開の1カ月後に、映画のストーリーをほうふつとさせるクリントン大統領とモニカ・ルウィンスキーの不倫スキャンダルが発覚し、それに続きアメリカ軍によるスーダンへの空爆が起こった。今、私たちの元にSNSで入ってくる専門家と呼ばれている人たちによるまことしやかな情報をそのまま信じて多くの人に拡散してしまって本当に大丈夫なのか?
ここ数年間でさまざまな陰謀論が出てきた。陰謀論を簡単に信じて拡散してしまう人たちは、理論的に物事を考えられないのかと思ったがどうもそれだけではないらしい。「世の中の多くの人たちがまだ知らない真実に私だけが気付いている」という優越感は麻薬のような高揚感があり、それにハマると抜けられなくなる。周りから笑われて白い目で見られれば見られるほど強固に信じ切って仲間を募り、また情報バブルにどっぷり浸かってしまい、そこから出られなくなる。これは今こそ見るべき大事な映画だ。情報をうのみにして拡散する前に立ち止まって冷静に考えてみるきっかけにしたいと思う。
今週の1本
Wag the Dog
(邦題: ウワサの真相 / ワグ・ザ・ドッグ)
公開: 1997年
監督: バリー・レビンソン
音楽:マーク・ノップラー
出演: ロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン、アン・ヘッシュ
配信: Amazon Prime、Apple TV他
大統領選挙の直前にスキャンダルを起こした現職の大統領。問題を国民の目からそらすために、もみ消し屋を招集して架空の戦争を画策するのだが……。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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