レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 泥の河

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


昭和の少年時代、遅咲きでようやく自転車に乗れるようになった僕を近所のお兄ちゃんたちがドンコ釣りに連れて行ってくれた。ドンコは淡水に生息するハゼの仲間だ。まだ小さかった僕の行動範囲は自宅から西へ600メートル行った臨港貨物線路までで、そこを超えると未知の領域に入った。その時初めて子供だけでその境界線を超えて隣の中川区に入り、1・2キロ西の中川運河まで自転車で行った。僕にとっては全てがドキドキの冒険であった。釣ざおなんかはもちろん無い。糸と釣り針と空き地で穴を掘って見つけたミミズが一匹だけ。最初はミミズを針に付けて一匹目のドンコを釣る。釣れたドンコを肥後ナイフで切り裂いてはらわたを出してそれを餌にして次のドンコを釣るという繰り返し。つまりドンコを釣るという殺りく行為以外にはなんの成果もない、動物愛護の観点からは大炎上しそうな残酷な遊びである。昭和40年代の終わり頃の話ですので勘弁してやってください。

大正時代に名古屋港から市の中心部への水上輸送の目的で作られたこの中川運河、昭和のこの頃には物資運搬はトラック輸送に取って代わられ、生活排水やら工場からの汚染排水を垂れ流すだけの荒んだ運河だった。丸太の貯木場としての役目も少し残っていて、運河に浮かんだ丸太の上に乗って遊んでいた子供が数人、運河に落ちて命を落としてから「絶対に近づいてはならん」と大人たちから厳しく禁じられていた禁断の遊び場所でもあったのだ。名古屋市は現在、この中川運河沿いにきれいな緑地公園を建てたりアートを展開する助成事業や商業施設を誘致してメークオーバーに勤しんでいるそうだ。生まれ故郷の発展は喜ばしいことである。昭和のあの頃の中川運河は高度成長で急速に無くなりつつあった、貧しくもダイナミックな日本の戦後復興の姿を色濃く残したエリアだったのだ。小栗康平監督は、そんな貧しくも生きる力に溢れた日本人の姿を描いた、今回紹介する映画のロケ地にこの中川運河を選んだ。

貧しくも温かい

昭和31年、大阪、安治川の河口で食堂を営む信雄の家族。信雄はある日、見慣れない屋形船が川の向こう岸に浮かんでいるのを見つける。その船にはきっちゃんという同世代の男の子と姉の銀子の姉弟が住んでいた。信雄ときっちゃんは川に住むといわれているお化け鯉の存在を語るうちに友達になっていく。信雄の両親は夜にあの船に近づいてはいけないと念を押すが、きっちゃんと銀子には優しく接して食卓にも温かく迎えた。ある夜、カニを追いかけて屋形船の後ろに行った信雄は、声しか聞くことのなかった姉弟の母の本当の姿を見てしまう。

いつ見ても胸が張り裂けそうになる映画だ。戦争からの復興で日本全体が貧しかったこんな時代でも格差は存在し、幼くも強い友情が芽生えていくのに、その格差の心の壁を子供たちが少しずつ感じてしまうもどかしさ。そして戦争を生き残ったにもかかわらずはかなく消えていく命。この映画には僕の子供時代の思い出がいっぱい詰まっている。日本人は貧しかった。でもとても優しくてにぎやかで温かかった。そして何よりも未来があった。今、日本の若者たちは未来を感じてくれているだろうか? 考え方の変えられない大人たちが、若者から未来を取り上げてはいないだろうか? そんなことを考えてまた、胸が張り裂けそうになった。

 

 

 

今週の1本

泥の河

公開: 1981年
監督: 小栗康平
音楽:毛利蔵人
出演: 田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ、朝原靖貴
配信: なし(DVDを購入可)

大阪・安治川の河口で、食堂を営む晋平の息子・信雄はある日、対岸のみすぼらしい船に住む姉弟と知り合う。
しかし父からは夜、船に近づくなと言われていた…。

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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