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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
シドニー・ポアチエが天国に逝った。黒人男性初のアカデミー主演男優賞を受賞し、公民権運動で揺れた1950年〜60年代の激動のアメリカで黒人だけに留まらず、マイノリティー人種の権利向上を映画文化から支えた偉大な俳優だった。お疲れさまでした。いつの世も硬直した社会の天井を先頭切ってぶち破る人がいる。彼のおかげで僕たちマイノリティーの俳優がアメリカで仕事ができるようになった。
67年当時、「夜の大捜査線」、「招かれざる客」などの大ヒット作を連発していた彼は事実上興行収入ナンバーワンの映画スターだった。映画の舞台は産業の転換期で廃れていくロンドンのイーストエンド地区。イギリス領ガイアナからエンジニアの職を求めてやってきた主人公のマーク・サッカレーは、応募した仕事の結果が出るまでの間だけ仕方なく高校の臨時教諭の職に就く。教職の経験がない彼はそこで初めて、その高校の生徒たちは各学校から退学処分になった生徒たちの集まりで、学校のあまりの荒廃ぶりに逃げるように辞めていった前任教師の後釜として雇われたことに気付く。エンジニアの就職が決まるまでの短い間だけの我慢だとクールに生徒に接していたマークだが、ある事件をきっかけにブチ切れた彼は生徒たちに宣言する。「これから卒業までの間、教科書からは教えない。君たちを大人として扱う。君たちもお互いを、そして私に対しても大人として振る舞うこと」。
生徒はマークのことを「サー」もしくは「ミスターサッカレー」、男子生徒は女子生徒に対してミスを付けて呼び合うことを約束させる。その代わり授業ではどんな難しい問題、人間関係、結婚、セックス、就職などもオープンに話し合うことを約束する。そして彼の授業はクラスルームを超えて、美術館、自然史博物館まで足を伸ばし、荒廃した低所得地域と共に荒れ果てていた生徒たちの心は次第にマークの誇りに満ちた指導に心を開き始める。
僕の生まれ年に公開されたこの映画は後に続いた学園ものの映画やテレビのはしりといわれる作品で、あらすじを見るだけで僕が子供の頃に見ていた70年代の森田健作や中村雅俊の学園ドラマもこの映画の影響で作られていたことがわかる。
人間の誇り
イギリスの植民地であったガイアナから来た黒人がロンドンでどのような扱いを受けていたのか、どれほどの強靭な精神力を必要としたのか、正直に言って僕には想像もつかない。ポアチエ本人の自叙伝にはバハマ諸島からマイアミにやって来て、何もわからずにデリバリーの仕事を始めた彼は白人の居住地区に足を踏み入れた途端、白人警官がパトカーで飛んで来て彼に宣言した。
「お前が街の境界線から出て行くまで俺たちは後ろから付いて行く。一度でも振り返ったら撃ち殺す」。彼はその時、アメリカの現実を思い知らされた。
そこまでに激しい憎悪と差別は、僕には想像するのも難しい。パンデミックの渦中でアメリカに住む僕たちアジア人も激しい憎悪と差別の対象になった。僕自身も経験したし、今でもアジア人女性は地下鉄に乗るのも怖いと思う。しかしそこで特定の人種に対しての憎悪を繰り返していては社会は何も変わらない。
この映画をぜひ見て、人間としての誇りを持って人種差別の連鎖を自分から断ち切る心の強さを考えてほしいと願う。ポアチエ先生ありがとう。安らかにお休みください。
今週の1本
To Sir, with Love
(邦題: いつも心に太陽を)
公開: 1967年
監督: ジェームズ・クラベル
音楽: ロン・グレイナー
出演: シドニー・ポアチエ、ジュディー・ギーソン、ルル
配信: Amazon Prime、Apple TV他
教師の仕事を探していたサッカレーは、ロンドンのある高校に着任することに。
しかしそこはさまざまな問題を抱える不良生徒ばかりがいる学校だった……。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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