レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 The Band’s Visit

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


1991年は僕の人生で一番激動の年だった。6月にニューヨークに渡ってきて9月には近所の日本食レストランで働き出した。英語もままならなかったけれど、働かなければホームレスになってしまう。客はアメリカ人でも、働いているウェイターは日本人だろうから多分大丈夫と甘く考えていたら、僕以外のウェイターは全員中国人だった。接客も仕事を習うのも全て英語。この一緒に働いていた中国人の兄妹が、ニューヨークで最初の友達になった。銀行口座を開くのを手伝ってくれて、フラッシングまで格安のテレビを買うのにもついて来て交渉してくれた。みんな性格は荒っぽかったけれど、毎日一緒に働きながら僕には心底親身に接してくれた。

その年のニューヨークでの初めてのクリスマスは彼らの家で過ごした。クイーンズのアパートで親族全員が暮らす大家族でにぎやかなクリスマスだった。もちろん中国語はわからなかったけれど、山のようなごちそうを大勢で囲んでみんなで笑い転げた。酔っ払って窓際のソファーに寝かせてもらった僕は25日のクリスマスの朝、まだ誰も起きていない明け方に目が覚めた。ソファーに横になったまま窓からしらじらと明けていくクイーンズの通りを眺めていた時、自分が泣いているのに気が付いた。名古屋の実家から言葉も通じない外国に飛び出して6カ月、メーターが振り切れたままで10年分の経験をしたような時間だった。そして久しぶりに本当の家族のように接してくれた優しさに触れてうれしかった。あれから30年が経ち、心がささくれ立つようなこともいっぱい経験したけれど、あの時の思わず溢れた涙を忘れることなく、これからも生きていきたいな。

敵対する民族

エジプトから来た8人編成の警察音楽隊の一行は、演奏公演のためイスラエルの空港に降り立った。ペタハティクバという都市にあるアラブ文化センターで演奏する予定の一行は、空港で迎えの車を待ち続けるが車はいっこうに現れない。しびれを切らした団長のトゥフィークは自力で会場とホテルに向かおうと、若くてハンサムだが女癖の悪い楽団員、カーレドにバスのチケットを買って来るように命じる。カーレドはブロークン英語でチケットを買うかと思いきや、案内係の女性にマイ・ファニー・バレンタインをささやくように歌い始めナンパを始める始末。

案の定、目的地だとバスから降ろされたのはネゲブ砂漠にある一字違いのベイトハティクバという辺境の村。仕方なく訪れた食堂で聞くと村にはホテルもなければ次のバスも明日まで来ないという。アラブ人のバンドの一行はイスラエルの辺境の村で散り散りになって一晩を過ごすことになる。アラブ人とユダヤ人、敵対する民族の赤の他人同士は恐る恐るぎこちなくも、一晩の触れ合いに打ち解け始めていく。

このハードになりがちなテーマを映画はゆる〜いペースで観客を笑いに包む。青い制服にビシッと身を包んだ8人の誇り高きアラブの警察楽団員たちが、言葉も通じないイスラエルの砂漠の村でポツンと取り残された映像だけでそのギャップに笑ってしまった。見終わった映画館の暗闇で温かい余韻に包まれながら91年のしらじらと明けていくクイーンズでのクリスマスの朝を思い出していた。

人生は短い。近隣諸国の人々と憎み合うにはあまりにも短い。立ち止まって目を見つめ合い、同じ人間同士である事に心を通じ合わせたいと願う。

PEACE

今週の1本

The Band’s Visit

(邦題: 迷子の警察音楽隊)

公開: 2007年
監督:エラン・コリリン
音楽: ハビブ・シェハーデ・ハンナ
出演:サッソン・ガーベイ、ロニ・エルカベッツ、サーレフ・バクリ

配信: Amazon Prime、Apple TV他

文化交流のためイスラエルにやって来たエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊。空港には迎えもなく、自力で目的地を目指すが、別の街に到着してしまう……。

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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