レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 PERSEPOLIS

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


このコラム初のアニメーション映画を紹介します。原作は、マルジャン・サトラピ監督がイランで過ごした子供時代から、成長して母国を去るまでの実体験を描いた同名のグラフィックノベルで、この映画を見て感動した僕はグラフィックノベルも買って読んだ。サトラピ監督と僕はほぼ同世代で、彼女は9歳だった1979年にイランで起こったイスラム革命を経験している。

先進的な中流階級の両親の下で育ち、フランス系の無宗教教育の学校に通っていた少女マルジは、イラン社会の突然の変貌に翻弄(ほんろう)され始める。今まで習っていた教科書を破り捨てるように強要され、伝統的なイスラムの教え通りに外出時に頭髪を覆うベールを身に着ける事も強要される。政治犯として牢獄されてきた最愛の叔父は革命後、一旦釈放されたのも束の間、危険思想の名目でまたもや投獄される。彼が処刑される前に一人だけ許された面会に選んだのが、溺愛していた姪っ子のマルジだった。

その後イランは隣国イラクとの8年間にわたる戦争に突入し、マルジ家族の暮らす首都テヘランにもイラク軍の空爆が及び始め、昨日まで一緒に遊んでいた友達はがれきの下で押し潰される目に遭ってしまう。革命、社会の劇的な変貌、最愛の家族の処刑、戦争、そして空爆による友人の死。僕が日本という平和な国で豊かな子供時代と青春を謳歌(おうか)していた間に、世界の別の地域では同じ世代の少女がこれほどの苦しみを経験していた。

しかし僕が一番感動したのは、そんな想像もつかない状況の中でも人々は笑いに満ちた束の間の喜びを追い求めていた事だ。思春期の少女マルジは、街に溢れかえるイスラム原理主義へのささやかな抵抗として命を張ってデニムジャケットを羽織り、マイケル・ジャクソンのバッジを胸に付け、闇市場でアイアン・メイデンのカセットテープを買い付け、部屋の壁に貼ったキム・ワイルドのポスターを眺めながらハードロックを聴く。そんな日本では当たり前にできた事が命懸けだったのだ。アメリカ大使館占拠も、イランのイスラム革命もイランイラク戦争ももちろん全てニュースで見て情勢は知っていた。でもニュースで見て大まかな事実を把握している事と、その真っ只中で暮らす同世代の若者の苦しみと悲しみ、そして束の間の喜びを一緒に感じようとする事とは大きな違いがある。

足元の危険

この映画を全ての若い世代に見てほしいのはもちろんだが、僕と同世代の人たちにも見てほしい。安倍元首相は昨年、東京五輪に反対する自国民を「反日」という言葉を使って批判した。そしてSNS上では、「売国奴」とか「非国民」という言葉が飛び交っている。こんな大時代な言葉を復活させようと躍起になっているのは僕と同世代の大人たちだ。僕たちの親の世代がどんな思いで僕たち、子供たちに二度と戦争を経験させまいと平和な世の中を築いてくれたかが想像できないのだろうか。

戦争の脅威はいつも自国の足元から始まる。他国からの脅威への恐怖にむしばまれたマクベスのようなパラノイアが少しずつ人々に拡散されていき、安易な断罪に汚染されて戦争は始まる。そんなパラノイアに踊らされないための手段の一つが想像力である。今、世界の各地で起こっている紛争を知り、立ち止まってその真っ只中にいる同じ世代の血の通う人間たちの苦しみと悲しみと喜びを想像し、少しでも感じようとすることではないだろうか。✌ PEACE

 

 

 

 

今週の1本

PERSEPOLIS
(邦題: ペルセポリス)

公開: 2007年
監督:マルジャン・サトラピ、バンサン・パロノー
音楽: オリビエ・ベルネ
出演: キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーブ
配信: Amazon Prime、Apple TV他

1978年のイランで、少女マルジは家族と何不自由ない生活を送っていた。しかし革命が起きてイスラム政権が誕生すると、生活はがらりと一変してしまう……。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

あなたの思い出の
映画はなんですか?

レビューの感想や、紹介してほしい作品などの情報をお待ちしています。
editor@nyjapion.comまでお寄せください。

関連記事

NYジャピオン 最新号

Vol. 1244

オーェックしよ

コロナ禍で飲食店の入れ替わりが激しかったニューヨーク。パン屋においても新店が続々とオープンしている最近、こだわりのサワードウ生地のパンや個性的なクロワッサン、日本スタイルのサンドイッチなどが話題だ。今号では、2022年から今年にかけてオープンした注目のベーカリーを一挙紹介。

Vol. 1243

お引越し

新年度スタートの今頃から初夏にかけては帰国や転勤、子供の独立などさまざまな引越しが街中で繰り広げられる。一方で、米国での引越しには、遅延、破損などトラブルがつきもの、とも言われる。話題の米系業者への独占取材をはじめ、安心して引越しするための「すぐに役立つ」アドバイスや心得をまとめた。