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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。ニューヨークに渡って今年で31年目。ニューヨークでの生活が日本での生活よりもずいぶん長くなったのでもうあまり日本を恋しいとは思わなくなった。たまに帰国しても一週間ほどはお風呂に浸かったように気持ちがいいが、それを超えるとだんだん息苦しく窮屈に感じ始めてニューヨークに帰りたくなってくる。
唯一、日本が恋しいと思う時期はやはりお正月ですね。ニューヨークのお正月は超つまらん。元旦は大晦日のらんちき騒ぎの二日酔いから回復するだけの休日で、毎年1月2日にはもう仕事が始まる。日本にいた頃は父が年末も押し迫ると名古屋の卸売市場に連れて行ってくれて、そこでマグロやらタラコなどをいっぱい買い付けてお正月の準備をした。年が明けるとコタツの中でごちそうをつまみながら、同じネタを何度も繰り返すお笑い番組をダラダラと見て過ごした。子供の頃のお正月のワクワクした楽しい思い出は、僕の人生に焼き付いて薄れることはない。
ニューヨークでも気分だけでもと思い黒豆を煮たり、ロシア街まで出向いてイクラを買ったりして正月三が日だけは、ごちそうを作って昼間から堂々と酒を飲んで過ごす。そしてお正月とお盆の休みには必ずうちに訪れてくれたのが、僕の父を実の兄のように慕っていた大阪に住む母方の叔父だった。6人兄弟の末っ子で唯一の戦後生まれの叔父は、僕と歳が親ほど離れていなかったので「お兄ちゃん」と呼んでいた。
そしてお兄ちゃんがいつも必ず映画館に連れて行ってくれて、一緒に見たのが寅さんとトラック野郎だった。最初は子供らしく同時上映だったドリフターズの映画が目当てだったが、いつの間にか寅さん映画にハマっていて成人してからも一人で見に行っていた。ニューヨークに渡ってからはずいぶん寅さん映画と離れていたが、最近HQビデオでシリーズの中で好きな作品のDVDを数本大人買いしたので、お正月になるとまた寅さんを見ている。
遠く過ぎ去った
昭和の日々
シリーズ50作品もある中から一本を選ぶのに迷ったが、大村崑(こん)、笑福亭松鶴(しょかく)、芦屋雁之助(あしやがんのすけ)など大阪の芸人さんたちがものすごくいい味を出している大好きなこの作品を選んだ。若き日の松坂慶子のマドンナも、彼女が一番きれいで色気のある時代で見るたびに惚れてしまう。
寅さんといえば昭和の時代は、あんな人騒がせだけど憎めない人たちがいっぱいいたよな。うちの家業が喫茶店だったのでパチプロ、株屋、ひも、口入れ屋、出勤前のホステスなどのカタギじゃない人たちが、昼間からうちの店に入り浸ってぶらぶらしていた。子供だった僕はよくかわいがってもらい、ここでは書けないような不謹慎なことをいっぱい教わった。それが当たり前だったし、当時の日本社会もそんな人たちを受け入れて、内包する優しさがあった。
バブルが崩壊して「勝ち組負け組」なんていう嫌な言葉が日本から聞こえ始めてから、そんな人たちを受け入れられない窮屈な社会にすっかり変わってしまったように思う。だって全然優しくないじゃない。子供はチョロチョロ連れ出すな、パンデミックなんだから飲食店は我慢しろ、二重国籍を欲しがるなんて贅沢だ。世の中には平等ではないことがいっぱいあるけども、毎日出会う選択肢から自ら選んで今の自分がある事を受け入れられないと、いつまでたっても人に優しくなれないよね。昭和の日々は遠くに過ぎ去ってしまった。寅さんまた帰ってきてほしいなあ。
今週の1本
男はつらいよ浪花の恋の寅次郎
公開: 1981年
監督:山田洋次
音楽: 山本直純
出演: 渥美清、松坂慶子、倍賞千恵子
配信: なし(DVDを購入可能)
大阪を訪れた寅さんは、石切神社の祭礼で以前旅先で出会った芸者姿のふみと再会する。ふみに生き別れの弟がいると聞き、二人で彼を探しに出掛ける。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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