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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
15年の間、妻と二人で暮らしてきたわが家に、突然一人増えたのが10年前。娘が生まれたのだ。二人家族がいきなり三人家族になって、13歳の時に亡くした実母のことを思い出した。あの時は三人家族が、いきなり父との二人家族になってしまった。三人で座っていた食卓にポッカリと空いた誰もいない空間は、そのまま僕の心の欠落の空間になった。そのずっと空いたままだった僕の心の空間を埋めてくれるどころか、欠落の穴から溢れ出すぐらいのエネルギーと幸せと喜びをもたらして、娘は元気いっぱいにわが家に降りてきた。
娘が生まれる以前はオーディションがあると、その何日も前からセリフを完全に丸暗記するまで読み込んで、当日はじっくりと意識を集中させて会場に臨んだ。いくら準備しても、オーディションで自信が持てる演技をできたことは一度もなかった。
ある日、大事な映画の役のオーディションの当日、大学教授の妻は忙しいので、自分の朝の仕事を終えた後、プリケーに娘を迎えに行き、お昼ご飯を作って食べさせ、トイレに行かせ、面倒を見てくれる人もいないので娘をストローラーに乗せて、オーディション会場に向かった。目の回るような忙しさで準備不足のまま、テーブルの向こうの審査員の前に立った時「えっ、俺は今からこの状態で大事なオーディションをするの?」と信じられなかったが、逃げるわけにはいかない。半ばやけくそだが伸び伸びと自由に演技ができた。そしてその役をもらった。そんなものなのだ。養う責任のある家族が増えたことで、その後のキャリアは時間が限られる。そんな中で「やらない事」を決めてレバレッジの効いた仕事と、アーティストとして本当にやりたいプロジェクトを生み出すことに集中している。
子供の成長は本当に面白い。特に女の子の成長は面白い。創作のインスピレーションを子育てからめっちゃんこ頂いている。この娘と彼女の世代のために自分はどんな世界を残してあげられるかを、真剣に考えるようにもなった。そうやって人間は世界を一世代ずつ、前に進めて来たのだなと理解できた気がする。
挫折の数だけの情愛
母に先立たれ、悲しみに打ちひしがれたまま、カナダの女子寄宿学校に編入することとなったメアリー。そこでルームメイトになったポーリーとトリーは、ぎこちなくも美しく、力強く愛し合っていた。しかし、上流社会の家族は決して同性愛を受け入れることはできない。二人は行き場のない愛を抱えたまま、苦悩と挫折の数々に出会うことになる。
映画はシャイで箱入り娘のメアリーの目線で語られ、初めて触れる世界で友情を育みながら、強く成長していく彼女の姿を描いている。人生で初めて出会う自分自身のセクシュアリティー、感動も苦悩も全身全霊でしか受け止められない、ぎこちなさ。そうして出会う、挫折と苦悩の数々。挫折に出会うたびに人間は、一つずつ哀れみと情愛を魂に深く刻んでいく。
カナダの女子寄宿学校が舞台のこの映画は、名古屋の下町で生まれ育った僕の世界からは、かけ離れているように思える。しかし僕は16歳だった自分のときめきと苦しみをありありと感じて、彼女たちに心から共感できた。
奇をてらわない真摯(しんし)で正直な映画には、育った環境を越えて観客の心に触れられる力がある。僕の娘は、これからティーンエージャーの道を通っていく。一歩下がって自由になる場所を与えつつ、優しく見守っていこうと思う。
今週の1本
Lost and Delirious
(邦題: 翼をください)
公開: 2001年
監督: レア・プール
音楽: イヴ・シャンベラン
出演: パイパー・ペラーボ、ジェシカ・パレ、ミーシャ・バートン
配信: なし(DVDを購入可能)
寄宿学校の女子寮に転入してきたメアリー。
彼女はある日、ルームメイトのポーリーとトリーがベッドで愛し合う姿を見つけてしまう。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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