レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Dressed to Kill

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


肌寒くなり、夜には鈴虫の涼やかな合唱が聞こえ始めると、アメリカはお化けのシーズンになる。地下鉄のプラットホームの壁にもホラー映画のポスターが出始める。というわけで10月はホラー・スリラー映画の名作を紹介してみたい。

今、初めての長編映画の脚本を書き上げたので、一緒に制作をしてくれる映画制作会社を探しながら、毎日会社の情報とリストを読んでいる。実績の浅いインディーズ映画のプロダクションは、ホラー映画の脚本があれば連絡してくれというところが多い。ホラー映画は出演料が何億円もかかるムービースターを使うことなく低予算で撮影でき、ヒットする可能性も他のジャンルよりも高い。そのためホラー映画で一攫千金を狙うプロデューサーや制作会社が多いのだ。

しかしホラー映画は監督の映像センスと演出力が一番試されるジャンルでもある。どのような映像、演出、音楽、効果音と編集で観客を怖がらせることができるのか? どこを見せてどこを見せずに観客の恐怖のイマジネーションを膨らませられるか?

以前紹介した「ジョーズ」も、新人だったスティーブン・スピルバーグ監督を一躍ブロックバスター映画の代表的監督に押し上げたスリラーだったし、ジョージ・A・ロメロ、サム・ライミ、デビッド・フィンチャーもスリラー映画が長編監督のデビュー作だった。

 

セックスと恐怖

この映画の素晴らしさは恐怖もさることながら、とにかくスタイリッシュであることだ。センスというのは言葉で説明するのが難しい。言葉の感覚以前にデ・パルマ監督の映画のセンスに心を揺さぶられるのだ。ある夜この映画を、ホテルの自室の深夜テレビ放映で見直した。役者仲間が別の部屋に集まって飲んでいるところに参加するはずだったが、美術館のシーンを見てテレビの前から動けなくなった。

アンジー・ディキンソン演じるマンハッタンに住む金持ちの奥様が、メトロポリタン美術館で絵画を鑑賞している。性的に不満な生活を悩んでいた彼女はある男性に目が止まる。気になり出すとその男性のことが頭から離れなくなり、いつの間にか後を追っている自分に気づく。そして一緒のタクシーに乗り込むと一気に情事が暴走してしまう。昼下がりの情事にふけった彼女は浮気相手を起こさないように置き手紙を残して立ち去ろうとするが、机の引き出しから彼の性的感染症の診断書を見つけてしまう。驚いて足早に立ち去ろうとする彼女はエレベーターの中で……。

ここからはネタバレを避けて書かないが、ここまでのほぼ10分のシーンにセリフはほとんどなく、全て俳優の演技、映像、音楽と編集で見せてしまうのだ。結局その夜は映画を最後まで見てしまい、翌朝、夜遅くまで待っていた役者仲間たちに謝った。

危険とわかっていながらセックスの欲望を抑えることができない。セックスと恐怖のグレーゾーンをスタイリッシュに描いたあの美術館のシーンは映画史上に残る素晴らしいシーンだと思う。そんな映画だが公開時にはフェミニストの団体から女性に対する暴力を助長すると批判されて上映反対運動が起きたという。トランスジェンダーのキャラクターを精神疾患に描いたことも批判された。

しかしその映画センスは特にゲイのコミュニティーに賞賛されて語り継がれてもいる。今夜はデ・パルマ監督のスタイリッシュなセンスを堪能し、恐怖に慄(おのの)きながら、この映画が好きか嫌いか自身で答えを出してみてはいかがでしょう。

 

 

 

 

 

今週の1本

Dressed to Kill
(邦題: 殺しのドレス)

公開: 1980年
監督: ブライアン・デ・パルマ
音楽: ピノ・ドナッジオ
出演:
マイケル・ケイン、ナンシー・アレン、アンジー・ディキンソン
配信: Amazon prime、Hulu、 Apple TV他

夫婦生活に不満を抱えて精神科に通っていたケイトはある日、美術館で出会った男とゆきずりの情事を楽しむが……。
官能的に描かれたエロティックスリラー。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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