レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 ALL THAT JAZZ

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


24歳の時に俳優を目指してニューヨークに渡ってきた。英会話は割といけると思っていたが、大都会ニューヨークの人々の話す英語は甘くなかった。こちらが会話を理解できていなくとも、猛スピードでまくしたてられる。

すぐにアッパーイーストサイドにあった日本食レストランでウェイターとして働きだしたが、毎日泣きそうになるぐらい客の注文が理解できない。いちばん焦ったのが通いだした演劇学校の授業を全然理解できなかったことだ。質問に答えることもできない。エネルギーはあり余っているのに、前に進めない焦りと怒りのメーターは振り切っていた。なにかできることで前進しなければ爆発してしまう。

とにかく前に進みたくて、言葉を使わないダンスを始めようとスタジオに通い始めた。中学時代の演劇部で少し踊ったことがあるくらいだったが、若いというのはこういう時に素晴らしい。多い日で1日6時間踊り続けた後に、レストランで8時間働く生活を休みなしで突っ走り、3年目にはダンスの仕事が取れるようになった。

フィル・ブラック、ボブ・タッカー、ジャック・ダンボワーズなどのシアターダンス界の巨匠がまだ健在の時代で、彼らレジェンドから直接指導を仰ぐことができたのは本当にラッキーだった。そして、数カ月に一度、多忙なスケジュールの合間にマスタークラスで指導してくれたのがアン・ラインキングだった。「オペラ座の怪人」に次いでブロードウェー史上2番目のロングラン上演になったミュージカル、1996年リバイバル「シカゴ」の振り付けでトニー賞を受賞し、オリジナルキャストでロキシー・ハートを演じた彼女は、20代の僕の爆発しそうな創造のエネルギーをシアターダンスの道に導いてくれた恩師だった。

 

 

ショービジネスの人生

今回の映画は数々のブロードウェーの名作やキャバレーなどの名作映画を生んだボブ・フォッシーの、自伝的半生とファンタジーが入り混じった作品だ。ブロードウェーの演出家で映画監督のジョー・ギデオンは多忙で不規則な生活を、飲み薬とシャワーとブラックコーヒーとヴィヴァルディで振り払う。今朝もくわえタバコで鏡の前に立ち、「さあ、ショータイムだ!」と自分をなんとか奮い立たせる。制作費の増大を心配するブロードウェーのスポンサーや、同じシーンの編集を繰り返すジョーを怒鳴りつける映画プロデューサーたちをかわし、いじめ抜いた彼の心臓は限界に達していたにも関わらず、女癖は止まらない。ついに倒れた彼の薄れゆく意識の中で、人生最後のショーが幕を開ける。

この半自伝的映画の制作中にフォッシー監督は実際に死期が近いことを宣告され執念で作り上げたという。監督の当時の実の恋人で、劇中でジョーの恋人役を演じ、素晴らしいミュージカルナンバーを見せるのがアン・ラインキングだ。ショービジネスに生き、ショービジネスに死んだ男の生きざまと死にざまをこれほどまでに赤裸々に描いた映画は他にないだろう。フォッシー監督は遺言で「俺の奢りでディナーを楽しんでくれ」と66人の仲間に一人380ドルずつ残した。ダスティン・ホフマン、ライザ・ミネリ、アン・ラインキングなどの仲間が集まり、タバーン・オン・ザ・グリーンを貸し切って最後のお別れをしたそうだ。アンも昨年の12月に旅立った。ありがとうの言葉しかない。

 

 

 

 

 

 

今週の1本

ALL THAT JAZZ
(邦題: オール・ザット・ジャズ)

公開: 1979年
監督: ボブ・フォッシー
音楽: ラルフ・バーンズ
出演: ロイ・シャイダー、ジェシカ・ラング、アン・ラインキング
配信: なし(Blu-ray&DVDを購入可能)

酒とタバコと女に明け暮れるブロードウェーの演出家ジョー・ギデオン。
過労で倒れた彼の脳裏に浮かぶ幻想の世界とミュージカルシーンが交わる自伝的作品。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

 

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