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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
1991年の6月にニューヨークに渡ってきた。その時に初めて足を踏み入れたタイムズスクエアの光景が忘れられない。42丁目のブロードウェーと8番街の間は、つぶれたまま放置された映画館のシャッターが南側も北側もずらりと並び、アーケードサインのポルノ映画のタイトルは80年代当時のまま。ホームレスと麻薬中毒者が昼間から居座り、金髪のカツラをつけたショートパンツに吹き出物だらけの顔の女性に「楽しいこと探しているの?」と声をかけられた。そして8番街から西へは絶対に足を踏み入れるなと固く注意されていた。電飾がまぶしい家族向けツーリストアトラクションが軒並ぶディズニーランドのような現在の光景からは想像もできないと思う。
やがてクリントンが大統領になりITバブルがやってきてジュリアーニが市長になり、あの辺りがだいぶ安全になった97年にヘルズキッチンの小さなアパートに引っ越してきた。それまでのいつ追い出されるかわからない不安なルームシェア生活に嫌気がさして、初めて自分で賃貸契約をしたアパートだった。
そのアパートで暮らした7年間には思い出がいっぱいに詰まっている。結婚もしたし全米ツアーもした。夫婦ともどもアクターだったので生活はいつも不安定で夫婦げんかも絶えなかった。9・11もここで暮らしていた時に経験した。
それでも一歩外に出ればニューヨークのエネルギーが体中で感じられるヘルズキッチンが気に入っていた。古くからの近所の常連のたまり場のアイリッシュバーのカウンターには、「もしAss holeが飛べるなら、ここはきっと飛行場だろうな」と書かれたでっかいサインが掛かっていた。そんな危なっかしくもエネルギッシュで懐かしい時代のニューヨークがたくさん詰まっているのがこの映画だ。
現実のニューヨーク
この映画はアカデミー賞の歴史の中で唯一、Xレートでありながら作品賞を受賞した作品だ。Xレートは現在はポルノ映画に付けられるレートだが、この映画にそんなハードなシーンは出てこない。テキサスから浅はかな夢を持ってヘルズキッチンに来たばかりの主人公のジョーが、男性売春夫として稼ごうとするがホモセクシャルの客しか引っ掛からない。仕方なくホームレスでハスラーのラッツォをピンプにして放置されたアパートで共同生活を始める。
それまでの映画、特にミュージカルの中で描かれていたニューヨークはキラキラと輝いた夢のような大都会だったのに対して、この映画で描かれるニューヨークは当時世界でもワースト10に入る危険な地域だった現実のヘルズキッチンを描いた。
そしてシュレシンジャー監督がこの映画で挑戦した新しい撮影の試みは現在の撮影にも受け継がれている。通りの向こう側で立ち尽くす主人公を望遠レンズで撮影してその周りを忙しいニューヨークの人々が歩き回る。呆然と立ち尽くす主人公と彼を少しも気に掛けない周りとの対比から彼の感じる孤独が映像で伝わってくる。
この今ではよく使われるショットは、今でもミッドナイト・カウボーイ・ショットと呼ばれるほど当時は誰も見たことのない画期的な撮影方法だった。ラッツォを演じたダスティン・ホフマンは前作のデビュー作「卒業」で観客の誰もがプレッピーなお坊っちゃまのイメージを持っていただけに、足の不自由なホームレスを少しの違和感も観客に持たせずに演じ切った彼の変貌ぶりに本当に驚いたという。アンディ・ウォーホルのパーティーが描かれていたりと60年代当時のニューヨークの風俗に興味がある方もぜひこの映画を。
今週の1本
Midnight Cowboy
(邦題: 真夜中のカーボーイ)
公開:1969年
監督: ジョン・シュレシンジャー
音楽: ジョン・バリー
出演: ダスティン・ホフマン、ジョン・ボイト
配信: Apple TV、Amazon Prime他
富と名声を得ようとテキサスからニューヨークへやって来たカウボーイ姿のジョーと、詐欺師ラッツォとの奇妙な友情を描いたアメリカンニューシネマの名作。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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