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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
昨年の3月に父が肺がんで旅立った。余命6カ月と宣告されていたので妹と二人で準備をしていたが、コロナ禍で病院が面会禁止になりとうとう最後は会えなかった。手取り足取り何かを教えてくれるという父親ではなく、僕たち兄妹は黙々と働く父の背中を見て生き方を学んだ。
子供たちの進路については何も言わずに自由にやらせてくれた。俳優になることも、テレビに出演することも、ニューヨークに渡ることも、「わかった」とひとことで容認してくれた。亡くなる数年前に酒を飲みながら父になぜ僕の進路に何も反対しなかったのか聞いてみたことがある。「俺はサラリーマンだったからな。お前に継がせる会社も店もない。自由にやらせなきゃしょうがないじゃないか」と答えた。感謝の気持ちしかない。
子供の頃はよく映画館に連れて行ってくれた。小学3年生の時、テストで100点を取ったら、その当時テレビコマーシャルで大変な話題だったこの映画、ジョーズを見に連れて行ってくれると約束してくれた。頑張って得意だった社会科のテストで98点を取った覚えがある。きっと50点でも結局連れて行ってくれたと思う。
映画館は今では考えられないが、立ち見客が通路にまで溢れ、僕たち親子は最前列の席に座り、サスペンスのシーンでは何度も何度も父の腕に抱きついた覚えがある。洋画の日本語字幕のまだ読めない小さな僕に、セリフ字幕を初めから終わりまですべて耳元でささやいてくれた。周りの観客はさぞかし迷惑だっただろう。昭和の時代はそれを許してくれる優しさがまだ人々にあった。
ここ数年は帰国するたびに体が小さくなっていき、「もう母さんも兄弟も仕事の仲間も全部向こうに逝っちゃったからな。天国の方が楽しく見えてくるよ」という言葉を聞いて少し悲しくなった。
最後の日は朝起きて朝ごはんを食べて、新聞を隅々まで読んでから昼に旅立った。さっぱりと「おお、じゃあな」という感じで潔く旅立ち、残された家族を悲しませない逝き方を最後に教えてくれた。まだ早いけど最後は僕もあんな風に旅立ってみたいものだ。今回の映画はそんな父との思い出がいっぱい詰まっている。
見えない恐怖
この映画を知らない人はあまりいないと思う。言わずと知れたスティーブン・スピルバーグ監督の名を世界に知らしめた彼の出世作である。監督は当時なんとまだ26歳だったそうだ。彼はこの映画の大ヒットでハリウッドのビジネススタイルまで変えてしまった。夏の映画シーズン、シンプルなコンセプトを莫大な予算で作る大きな興行収入のブロックバスター。すべてこの映画から始まった。
昔ながらの批評家の中には彼が映画の芸術性を希薄にしてしまったと言う者もいる。でもこの作品を久しぶりに見直してみて監督の映画演出の才能に本当に感嘆させられた。当時の撮影現場は海洋での困難な撮影と技術面の失敗が続き、スタジオを心配させたが、監督はその失敗を逆手に取って、人食いザメそのものを観客に見せずに、巨大なサメが見えない海中から音もなく近づいてくる恐怖を演出と音楽で表現した。
ボートに乗った3人の男たちがサメの恐怖体験を一人ずつ語っている。そこに巨大なサメに絡みついた樽が海面にボコっと浮かび上がり、ジョン・ウィリアムズのコードが二つしかない音楽が始まる。観客は見えないサメの存在を腹の底から感じさせられる。今夜はこの映画を見直して涼しんでみてはいかがでしょう。
今週の1本
My Life as a Dog
(邦題: マイライフ・アズ・ア・ドッグ)
公開: 1975年
監督: スティーブン・スピルバーグ
音楽: ビョラン・イスフェルト
出演: ジョン・ウィリアムズロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファス
配信: YouTube、Apple TV他
海水浴客でにぎわう海に巨大な人食いザメが出現、若い女性が食い殺される。警察署長のブロディ、海洋学者のフーパー、漁師のクイントがサメ退治に乗り出す。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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