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映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
娘がようやく会話ができるようになった5歳ぐらいのある日、質問をしてきた。「ダディーはエルサとアナのどっちが好き?」。もちろんこの歳になってディズニー映画のキャラクターはどうでもいい。でもその時の娘の目が真っすぐでピュアで真剣だったのだ。「ダディーはアナが好きだな。アナは気さくで優しい性格だし、そばかすがかわいらしいと思う」。娘の真っすぐ真剣な目に押されて、なるだけ真面目に答えた。彼女も感心してダディーの答えを聞いていた。
そして自分の子供の頃を思い出した。あの頃は僕も僕の世界で真剣だった。ルパン三世もカトちゃんもショーケンも岡崎友紀も僕の世界では真っすぐで真剣な重要懸案だったのだ。でも僕の周りの大人たちはそんな真っすぐな思いを真剣に扱わなかった。「大人になって家族を養うようになったらテレビも映画もどうでもよくなるよ」。
ところが僕は大人になっても借金をしてまで舞台や映画を自主制作するような人間に育ってしまった。自分の娘の真剣さがようくわかる。僕たち1960、70年代に生まれた世代はジェネレーションXというらしい。今いろんな業界で決定権を握っている世代だから一番威張っている。テクノロジーに弱く頭の硬い団塊世代、軟弱で冗談の通じないミレニアル世代、それに比べてクールなジェネレーションX。みたいな世代間の悪口をよく耳にするようになった。そういう世代間の悪口の言い合いが好きじゃない。若い頃に「新人類」と呼ばれて揶揄(やゆ)された僕たち世代も今ちゃんとやっているじゃないか。団塊世代も昔はそうやって戦中派から揶揄されたけどちゃんと人間社会を前に進めてきた。マスコミは昔から若い世代の悪口で雑誌を売って金にしてきた。
弱いものに寄り添う
今回紹介する映画のように子供の心にきちんと向き合っている映画が好きだ。物語は58年のスウェーデン。母親が病気になり12歳の少年イングマルは兄と離れ離れに親戚に預けられる。小さな村で一つの家をふた家族で暮らしている叔父さん家族はイングマルを温かく迎え入れようと努力する。その村で出会うひとクセもふたクセもある人間模様、おてんばで男の子のような少女サガとの甘酸っぱい友情。
やがて母の死を経験し、大好きな犬も薬殺されたことを知るイングマル。12歳の少年がひと夏で経験するには重すぎる。それでも映画の中でイングマル少年は気丈に語りかける。「世の中にはもっと酷い経験もあるんだ。ソビエトの宇宙船に実験台で乗せられたあのライカ犬みたいなね」。
映画はこんなひと夏の経験をしっかりと12歳の子供の目線で作られている。ラッセ・ハルストレム監督はこの映画で世界中で認められてその後ハリウッドに進出したが、ハリウッドでもその作風は変わらず「ギルバート・グレイプ」や「サイダーハウス・ルール」のような弱い立場の人間に寄り添う目線の映画を作り続けている。
この映画が生まれたスウェーデンの国家予算と東京都の予算が13兆円と同じ規模なのだそうだ。僕はまだスウェーデンに行ったことはないがスウェーデンの人たちと接する機会がたまにある。短編映画で賞を取った僕に「お祝いしようよ」とその場でシャンペンを注文して開けてくれた。人の喜びを分かち合える。心に余裕があるのだ。日本は潤沢な予算を一体何に使っているのだろうか? 世の中が、社会が、経済が、政府が、竹中平蔵が社会的弱者や若い世代を切り捨てようとしていても、映画だけはこうやっていつまでも弱い人間たちに寄り添う存在でいてほしいと思う。
今週の1本
My Life as a Dog
(邦題: マイライフ・アズ・ア・ドッグ)
公開: 1985年
監督: ラッセ・ハルストレム
音楽: ビョラン・イスフェルト
出演: アントン・グランセリウス、メリンダ・キンナマン
配信: YouTube、Apple TV他
母の病状悪化のため田舎の叔父の家に預けられた少年イングマルは、そこで人々との出会いや別れに戸惑いながらも成長していく。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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