レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Shattered Glass

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


ーガニックや無添加の食材にほとんど切り替えてから17年ほど経つ。自炊が多いからだ。なかなかオーガニックのコンセプトが定着せずに食品添加物だらけの日本とは違い、ニューヨークではありがたいことにここ数年、オーガニックや無添加の食材の値段もかなり下がり、普通のスーパーで簡単に手に入るようになってきた。

それに連れてSNSで情報もかなり入ってくるようになった。「食品添加物の実情」「遺伝子組み換え食品」などの情報がフェイスブックでどんどん入ってくる。情報を収集すればするほどさらに新たな情報が入ってくるようになる。「缶詰はやめた方がいい」「ひき肉に混じって入っているのは…」なるほどなるほど。 

そしてついにある情報に行き着いた。「果物は本当は体に悪い」。そしてハッとなった。こんな情報を全てうのみにしていたら何も食べられなくなる。これがSNSによる情報バブルの恐ろしさだ。ある関連の情報を収集すればするほど反対意見や常識から遮断されていってその情報コミュニティーの硬いバブルの中に閉じ込められていってしまう。その情報バブルの中の一人に信憑性があり反論する情報が入ってもその情報はそのバブルの中で出回ることなく抹殺されていってしまい、バブルの中の人間の意識は大吟醸のようにどんどん濃縮されていって、もはや社会の中で常識が全く伝わらない人間が出来上がってしまう。

ピューリッツァー賞を3度受賞したジャーナリスト、トーマス・フリードマンはフェイスブックをこう表現した。Open Sewage of Information. 「情報のどぶ川」。信ぴょう性のある有益で重要な情報も、あるグループや国家の政権に有利な思考操作が目的の情報も、人間のエゴの排泄物のようなクズ情報も一緒くたになって流れている情報のどぶ川。現代人は今こそ論理的な思考を試されている。

 

 

3万573の嘘

今回の映画はレトロでもなく名作でもなく興行的にも失敗した作品である。それでも少しでも多くの人が今見るべき、どうしても紹介したい大切な映画だ。

物語は1914年から続くアメリカの権威ある政治雑誌、ザ・ニュー・リパブリック誌の若く有能な記者、スティーブン・グラスがティーンエージ・ハッカーに関する記事を書いたところから始まる。この記事を読んだライバル誌であるフォーブス誌の記者、アダム・ペネンバーグは記事の信ぴょう性を不審に思い、リサーチを始め、グラス記者に問いただす。ザ・ニュー・リパブリック誌の編集長、チャールズ・レーンは部下の記者を信じつつも記事の事実関係を独自に調査し始める。

映画は98年に起きた実話が元になっていて、登場人物も全て実名で描かれている。この映画で最も注目してほしいのは、映画が公開された18年前には、一記者のフェイクニュースのスキャンダルが映画になってしまうほど、われわれの社会は情報の信ぴょう性の有無に厳しかったということだ。

私たちは短期間でアメリカの大統領が任期中に3万573回もの嘘を公に流す世界を作ってしまったということになる。それを作ったのは紛れもなく私たち自身だ。この情報インフレの世の中で、私たちの信じている情報は本当に裏付けの取れた正しい情報なのか? パンデミックの渦中で科学的な正しい情報を持っているか? 歴史を都合良く捻じ曲げて解釈していないか? 特定の人種の悪口をこそこそ言い合っていないか? そしてそれを拡散していないか? それを正義だと勘違いしていないか? この映画を今一度見て考えてみたい。

 

 

 

 

今週の1本

Shattered Glass
(邦題: ニュースの天才)

公開: 2003年
監督: ビリー・レイ
音楽: マイケル・ダナ
出演: ヘイデン・クリステンセン、ピーター・サースガー
配信: YouTube、Amazon Prime(無料)他
権威あるザ・ニュー・リパブリック誌の最年少ライター、スティーブンがスクープを連発する一方で、同誌編集長はその記事に疑いを向け始める。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

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