レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 用心棒

映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。


ューヨークに移り住もうと決意してから数カ月後、恋に落ちてしまった。同じ大学の同じ学部の1年後輩の女性で在学中は面識がなかったが、お互い社会人になって夜の街で出会ってその夜に恋に落ちた。

数日後、初めてのデートに、当時公開された黒澤明監督の「夢」と「用心棒」の2本立てに誘った。目当ては初公開の「夢」を一緒に見ることだった。期待して座席に座り館内の照明がスーッと暗くなり、佐藤勝の独特のテンポの音楽と共に白黒の映像が始まった。

開始時間を間違えて「夢」ではなくて「用心棒」の時間に来てしまったのだ。「しまった、初めてのデートに白黒のチャンバラ映画を見せてしまう…」と焦ったがもう遅い。横に座っていた彼女に恐る恐る聞いてみた。「上映時間間違えたみたい。いったんここを出てまた戻ってこようか?」。暗闇の中で振り向いた彼女の目がキラキラ輝いていた。「これ見たいな。面白そうじゃない」。

というわけで初めてこの黒澤明の名作を見た。見終わって名古屋の街を歩きながら、彼女はウキウキと僕を刀でバサっと斬りつける真似をして笑い転げていた。本当にこの映画が気に入ったのか、上映時間を間違えた僕に気を遣っていたのか、今となってはわからないが、とにかく優しい娘だった。僕の人生はそんな女性達の優しさで支えられている。

 

 

映画監督のベートーベンと呼ばれる所以

映画の神様、黒澤明の映画を語るのに僕のナンパな思い出から始めてしまった。あれから数多くの黒澤作品を何度も何度も見返した。The Beethoven of Movie Directors. 映画監督のベートーベン。黒澤先生を語るのに一番好きな言葉だ。一つのシーンの一つのカットにいくつもの層が重なっている。主人公の周りには何人もの俳優がセリフに対してリアクションをする。その後ろには雨が降り、雪が降り、時にはからっ風が吹きすさび、砂埃が舞い、時には炎が吹き上がる。ワイドショットから始まりクローズアップに近づき、次の場所に移動して、ミディアムショットで決めセリフを残し、またワイドショットに移る。

一つのカットでこれだけの動くイメージの交響曲を奏でるのだ。そして見ている観客に俳優の動きのカットのつなぎ目を全く感じさせない完璧な編集。映画がSFXばかりになって久しいが、主人公の感情を動くイメージと音楽で表現する「映画芸術ってこれだよね」と黒澤先生の映画を見るたびに強く思う。

特にこの作品は時代考証のリアルさに厳しい黒澤映画には珍しく、映画の楽しさ、エンターテインメント性を中心に据えて作ったと本人が語っている。仲代達矢が着流しの上に首に巻くスコットランド製のマフラー、この時代にはまだなかった型のスミス&ウェッソンの拳銃。ありえないけどカッコいい。

「とにかくある意味でめちゃくちゃなんだ。ドラマだって分析していったら穴だらけでしょう。それをただ一気に面白がらせておしまいまで見せてしまう。その徹底的な楽しさだけを追求していく作品。それもまた映画なのだと思いました」。そう語っただけに本当に面白い。一人でも多くの人に見てほしい。

過ぎ去った優しさ

ご想像の通り、僕のニューヨーク移住直前の恋は成就せずに終わりました。過ぎ去った優しさは心にいつまでもくすぶるものですね。まだ時々、酒を飲んでいる時にふっと彼女の優しさを思い出しています。

 

 

 

 

今週の1本
用心棒

公開: 1961年
監督: 黒澤明
音楽: 佐藤勝
出演: 三船敏郎、仲代達矢
配信: HBO Max、Apple TV、Amazon Prime他
やくざが対立する宿場町に流れて来た浪人桑畑三十郎は、用心棒として巧みな策略で双方を戦わせ、同士討ちを企てる。
巨匠・黒澤監督の娯楽時代劇の名作。

 

 

 

 

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers

 

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