2024年度で結成25
映画監督・鈴木やすさんが、思い出の映画作品を、鑑賞当時の思い出を絡めてゆったり紹介します。
読者の皆さんはフェデリコ・フェリーニと聞いてどんな印象を持つだろう? 「イタリア映画の巨匠というのはわかっているけれど、映画は難しそうでなかなか見る気になれない」。そんな感じではないだろうか。
今回紹介する名作は確かに「単純明快なストーリーがあって、ヒーロー、ヒロインの主人公がいて、数々の困難を乗り越えて正義は必ず最後に勝って、悪は倒される」みたいなものを映画に求める人には苦手かもしれない。もちろんそういう単純明快な映画も僕は大好きで、心に残る名作もたくさんある。
でもこの映画にストーリーらしい物語を探していると映画の途中でイライラしてしまうかもしれない。会話か独白ばかりで、筋を理解しようとすると次のシーンでは思わぬ方向にストーリーは展開していってしまう。すっきり理解できる結末を期待しているとスルっとはずされてしまう。主人公のグイドは映画監督で、どんな映画を撮るか? 主人公の職業は? タイトルは? と頭を悩ませ、プロデューサーには急かされ、愛人は突然現れ、冷え切った関係の妻には怒鳴られ、自身の子供時代や、女性遍歴などの過去と現実と空想と幻想を行ったり来たり。そんな芸術家のイライラする葛藤の模索自体がこの映画のテーマであり、観客はそのムラムラする葛藤の世界に引き込まれていく。
映画の自分流の見方
それでもこの映画を見てほしい。今は多様性の時代であり、映画の見方にも多様性があってもいいからだ。僕は久しぶりにストリーミングでこの映画を見て新しい映画の見方を発見した。映画館で入場料を払って初めて見る映画は、暗い館内で大きなスクリーンの世界に没頭して、初めから終わりまで一気に見たい。でも何度も見た名作の数々は「本を読むように少しずつかみしめるように見る」という見方でもいい。そんな新しい映画の見方にこの映画はぴったりだ。ストーリーはあってないようなものなので、物語を無理に探さないことで、ウィットに富んだ哲学的な会話、若き日のマルチェロ・マストロヤンニのカッコ良さ、思わず見惚れてしまうイタリア女優たちの美しさ、60年代初頭のイタリアの洗練されたファッション、格式高く歴史の深いイタリアの建造物、どのカットを切り取っても額に入れて壁に飾りたくなるような感動的な構図、どんどん奥にと引き込まれていってしまう魅惑のカメラワーク、そんな映像美に合わせて心を躍らせるクラシック音楽とニーノ・ロータの美しい旋律の数々。そういった映画芸術の素晴らしさに20分ほど陶酔できるのだ。フェリーニが「映像の魔術師」と呼ばれるゆえんだ。そしてシーンが変われば本を閉じるように停止ボタンを押して他のことができる。そしてまた明日続きを楽しむ。それもいい。
映画作家に与えた影響
この映画は「映画作家の芸術的な葛藤の自己表現」という新しいジャンルを切り開いたと言ってもいいと思う。この作品以降、映画作家が作家自身の葛藤をシュールレアリスムに描いた作品がたくさん現れる。そんな映画を探してみて、フェリーニが与えた映画芸術の影響とインスピレーションに思いをはせてみるのも面白い。
今週の1本
8 ½
(邦題: フェリーニの8 ½)
公開: 1963年
監督: フェデリコ・フェリーニ
音楽: ニーノ・ロータ
出演: マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ
配信: Amazon Prime、Apple TV他
主人公のグイドはある日、自分の体が空中を落下する夢を見たことをきっかけに、幻覚と現実をさまようようになる。
鈴木やす
映画監督、俳優。1991年来米。
ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。
短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。
短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。
俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。
現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。
facebook.com/theapologizers
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