プロスポーツから見る経営学

第90回 ブランド戦略の裏側

25年の関係に幕か!? 今後の選択に注目高まる

バルセロナFCとナイキの25年にわたるパートナーシップに亀裂が生じているようです。これは、スポーツビジネスの世界におけるブランド戦略、財務戦略、そして交渉の重要性を示す興味深いケースです。契約の期限は2028年の6月まで残存しているものの、バルセロナは、ナイキとの契約を解除し、自社でユニフォームを製造する可能性を検討しています(既に来シーズンのユニホームデザインなどは承認済みで、25年〜26年シーズン以降どうなるのか注目されています)。この動きは、スポーツクラブが自らのブランド価値を最大化し、経済的自立を図るための戦略的選択として注目に値します。

自社製造という選択肢

まず、バルセロナとナイキとの間に生じている不和は、スポーツビジネスにおけるパートナーシップの重要性を浮き彫りにしています。長年にわたる関係であっても、双方の利益が一致しなくなれば、契約の継続が困難になる可能性があります。バルセロナがナイキとの契約を解除することを検討している理由は明らかにされていませんが、このような大規模な契約においては、金銭的な条件、ブランドイメージ、製品の品質など、さまざまな要因が影響している可能性があります。

次に、バルセロナが自社でユニフォームを製造するという選択肢は、スポーツクラブにとっての新たなビジネスモデルを示唆しています。アスレティック・ビルバオ、マジョルカ、ベティスが過去に自社ブランドでユニフォームを製造した事例がありますが、長期間続いた例は少ないです。自社ブランドによるユニフォーム製造は、製品の販売から得られる利益を100%クラブが保持できるという大きな利点があります。しかし、これは製造と流通の両面で大きな課題を伴います。バルセロナは既にユニホーム以外の商品の製造販売は内製していますが、特に、上述のクラブたちとは異なり、ナイキのようなグローバルブランドが持つ世界的な流通網を自社で構築することは容易ではありません。ナイキとのパートナーシップは、契約金だけではなく、こういうメリットも享受できていることを忘れていけないものです。故に、バルセロナが地元の流通に頼るだけでは、現在の販売数に達することは困難かもしれず、本末転倒な結果になりかねません。

また、バルセロナが自社ブランドを立ち上げることによるリスクも考慮する必要があります。ユニフォームの製造と流通を自社で行うことは、コストの増加や品質管理の難しさなど、新たな課題を生み出す可能性があり、本当に100%の利益を自らのものにできるのかは疑問符です。

関係に終止符を打つ準備

バルセロナの場合、自社ブランドの立ち上げは、ナイキとの関係を損なわずに、法的な問題を避けるための戦略として検討されているようです。契約破棄をした上に、ナイキの競合他社とすぐに契約をすると、ナイキの心象がよくないことは容易に想像できるからです。これは、ブランドとの関係を維持しながら、自社の利益を最大化するための賢明な選択かもしれません。しかし、この選択が成功するかどうかは、バルセロナが直面する財政的な課題をどの程度克服できるかにかかっており、自社で展開をするよりも、ブランドとパートナーシップを継続し、受け取ることができるフィーを確実にものにした方がよいのではないでしょうか。

うがった見方としては、ナイキとの契約破棄後、しばらくは自社ブランドを展開し、ほとぼりが冷めた頃に更に好条件を提示してくるナイキの競合他社と契約を結ぶのではないか?という見方や、そもそもこのような自社展開の話を敢えてすることでナイキとの交渉でより有利な条件を引き出そうとしているのではないかという見方もありますが、真偽の程は定かではありません。

バルセロナの事例は、スポーツクラブが自らのブランド価値をどのように活用し、経済的に自立するかという点で、他のクラブにとっても重要な示唆を与えています。

自社ブランドの立ち上げはリスクが伴いますが、成功すればクラブの財政状況を大きく改善する可能性があります。スポーツビジネスの世界では、常にイノベーションと海外戦略的思考が求められており、バルセロナの取り組みはその一例と言えるでしょう。バルセロナは、①ナイキとの継続、②市場からのより有利なオファーの受け入れる、③自社ブランドの創設の3つの選択肢を持っていることになり、どれを選択するのか注目していきたいと思います。

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

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