プロスポーツから見る経営学

第88回 北米プロスポーツ史に残る超大型契約

ドジャース大谷翔平選手、高額後払いの背景

ロサンゼルス・ドジャースとの7億ドルの歴史的契約を結んだ大谷翔平選手(以下:大谷選手)の話は、米国全土で注目されていることをご存知の人も多いでしょう。この契約は、単なるスポーツ界の話題に留まらず、ビジネスと税務の世界においても重要な意味を持っています。

大谷選手の契約の中心にあるのは、彼の巨額な報酬の大部分を繰り延べるという戦略的な決定です。この決定は、ドジャースの年俸の圧迫を回避するためのものであり、同時に税効率を高めるためのものであり、彼の年間所得を低い税率に保ちつつ、将来的な財政的安全を確保するものです。しかし、この戦略は、単に税金を節約するためだけのものではなく、実際は多くの側面があり、それぞれがビジネスやスポーツの世界における重要な教訓を提供しています。

長期的な財政計画

大谷選手のように報酬の繰り延べを行った他のプロスポーツ選手ももちろん存在します:

1.ボビー・ボニーヤは、ニューヨーク・メッツとの有名な契約で知られています。彼は2000年にメッツとの契約を終了した際、当時の残りの給料590万ドルを繰り延べ、11年から35年までの25年間にわたり、年間約119万ドルを受け取ることになりました。この契約は「ボビー・ボニーヤ・デイ」として毎年7月1日に話題になります。

2.マックス・シャーザーは、2015年にワシントン・ナショナルズとの契約で総額2億1000万ドルの内半分を繰り延べる形で契約しました。この契約で、彼は28年まで報酬を受け取れることになっています。

3.クリス・デービスはボルチモア・オリオールズとの契約で一部の給料を繰り延べました。彼は2022年までの契約で、その後15年間にわたって年間4200万ドルを受け取ることになっています。

これらの例は、特にMLBにおいて、選手とチームが長期的な財政計画の一環として報酬繰り延べを利用することがあることを示しています。

リスクも伴う超大型契約

大谷選手やここで紹介した選手たちの決定は、収入のタイミングをどのように管理するか、という点で見本となります。彼の契約は、報酬の大部分を彼が現役引退後に繰り延べることで、長期的な財政計画における戦略的なアプローチを示しています。これは、特に収入が不安定な職業に就いている人々にとって、重要な考慮事項です。

また、大谷選手の決定は、州税の影響を考慮することの重要性を浮き彫りにしています。収税が高額であるカリフォルニア州外へ彼が移住することにより、州税を大幅に節約することができるのです。この動きは、ビジネスオーナーや高収入の個人にとって、居住地選びがどれほど重要かを示しています。

しかし、こうした税務戦略はリスクも伴います。特に、繰り延べた収入は、言い換えれば大谷選手がドジャーズにお金を貸しているのに似ている状態ですので、ここには利子が付かないため、大谷選手は機会損失を被ることになります。もちろん、この利子に関しても考慮された報酬であれば、問題ないですが、実質的な価値の減少を意味します。さらに、法律や政策の変更によって影響を受ける可能性があります。特に税制面では厳しい同州は既に、このような契約に対して法律を変更する可能性を示唆しています。

各界が見守る前例のない繰り延べ金

報酬繰り延べの契約から学べるもう一つの重要な点は、雇用者の財政的安定性を考慮することの重要性です。確かに、ドジャースは安定した組織ですが、一般的に収入を繰り延べる際には、雇用者の長期的な経済状況を考慮に入れる必要があります。問題はないと思われますが、先まで安定的にこのお金を支払うことができるかどうかは未来が見通せない限り、わからないものでもあります。

報酬繰り延べの契約は、スポーツ界のみならず、ビジネスと税務の世界にも影響を与える話題です。この決定は、高収入者のための税務計画の複雑さと、そのような計画が法律や経済状況の変化にどのように影響を受けるかを示しています。この例は、個人の財政計画における洞察と注意深い戦略の必要性を教えてくれる点もあり、スポーツビジネスの観点からも非常に興味深いと感じますし、今後これに伴い、どうルールなどが変わっていくのかも注目したいと考えます。

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

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