プロスポーツから見る経営学

第87回 プロスポーツ史上最高となるメガ契約

大谷翔平10年総額7億ドルでドジャース移籍

大谷翔平選手は、北米の主要なチームスポーツの歴史において最も大きな契約と言われる、10年間で7億ドルにも及ぶ契約を締結したと、彼のエージェンシーCAA社が発表しました。

 

MLBではフリーエージェント制度(FA)というものが存在し、それは、選手は契約が終了したり、MLBで6年を過ごした後、どのチームとも交渉できる制度です。この制度は、過去の移籍に関する自由を勝ち取る判決のような歴史的な出来事と、選手たちの給料や各種労働条件を定める重要な役割を果たす、MLBと選手協会が交渉をして決める「労使協定」によって形作られています。

大谷選手の契約は、前冬にニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手が設定した3億6000万ドルのFA契約記録を超え、また、大谷選手のかつてのエンゼルスのチームメイトであるマイク・トラウト選手の4億2650万ドルの記録をも上回りました。その成績は野球界だけでなく、NFLのカンザスシティー・チーフスのクォーターバック、パトリック・マホームズ選手が締結した4億5000万ドルの契約をも上回り、さらに、彼はサッカーのスーパースター、リオネル・メッシ選手が2017年にFCバルセロナと締結した6億7400万ドルの契約も超えたのです。

「後払い」で贅沢税対策

北米のプロスポーツリーグが最も大切にする観点は「戦力均衡」です。これは金満チームや、首都圏チームと、そうではないチームとのハンデを可能な限りなくすことで、試合の魅力を損なわないようにしようとするものです。そういう背景で、MLBではリーグが設定するお給料の合計を超過したチームには超過分に対してペナルティーを課す決まり「ラグジュアリー・タックス(贅沢税)」があります。今回の大谷選手のお給料が法外故に、いかにしてこのペナルティーを回避するか、最小限に抑えるかはドジャースにとっては大きなポイントであります。

その方法として、「給与の繰り延べ(Deferrals)」というものがあり、今回のケースでは贅沢税の負担を管理するのに役立ちます。繰り延べは、選手に支払うお給料の総額を契約が終了した後にも支払うように長期の分割払いのようにすることで、契約の平均年間価値(AAV:Annual Average Value)を下げることができます。よって、贅沢税の計算は年間実際に支払われる給料ではなく、AAVに基づいているため、AAVを繰り延べによって減らすことで、重大なペナルティーを受けることなく効果的に予算を管理することができます。この戦略は、贅沢税システムの制約を考慮しながら、競争力のある選手編成を維持するのに役立ちます。

2025年から二刀流再開への見込み

もう一つ今回の大谷選手の移籍に際して注目されていたのは彼の健康面です。今年9月に右肘の靭帯の2度目の手術に成功しましたが、2024年は投球しない予定と言われています。2018年にはトミー・ジョン手術と呼ばれる靭帯再建手術を受けており、彼のキャリアがどのように進展するかについては不透明な部分もあります。

たとえ大谷選手が再び投球しなくても、彼の打者としての価値は凄まじく高いです。1920年、ベーブ・ルース選手も元々は投手でありましたが、彼の最初の打者としてのシーズンで本塁打、出塁率、長打率でアメリカンリーグをリードしました。

2023年、大谷選手は23試合で3・14の防御率を記録しながら、同じくアメリカンリーグでこれらのカテゴリーをリードしました。彼は44本の本塁打を打ち、キャリアベストの1・066のOPS(打撃指標数:On Plus Slugging)を記録しました。そして、これらの成績は彼が肘の靱帯の損傷と闘いながら達成しているのです。

ここまでの成績を残しながら実は大谷選手はMLBでポストシーズンの試合に出場したことがありませんが、移籍先のドジャースは過去11シーズンのうち10回、ナショナルリーグウエストを制し、過去6シーズンのうち5回は100勝以上を記録し、2020年にはワールドシリーズを制覇した実績があります。今回の移籍で大谷選手の目標も叶えることが現実味を一気に帯びてきたのではないかと思います。今回は、野球の側面というよりは、どのように移籍したのか、そしてどのようにこの高額な年俸を支払うのか、そしてどのようなルールがリーグにあるのかに焦点を当てさせていただきました。

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

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