プロスポーツから見る経営学

第86回 戦略策定

強化部におけるクラブ経営の課題

プロスポーツ界は常に変動と競争が絶えない場所です。メジャーリーグ・ベースボール(MLB)や、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のような大規模なプロスポーツリーグでは、選手のトレードや移籍に関するニュースが絶えず報じられ、ファンの関心を引きます。しかし、これらのトレードや移籍の背後には、チーム強化部のトップが緻密な計画と戦略を立てているという事実があります。この役職には様々な名前が付けられていますが、一体何を仕事としているのでしょうか?

 

プロスポーツチームの強化部を経営することは、非常に困難な課題です。その理由の一つは、短期目標と長期目標を同時に並行して追求しなければならない点にあります。では、具体的にどういうことでしょうか?

 

長期目標と短期目標の本質的な違い

短期目標は、今週末の試合に勝つこと、あるいは今シーズンで良い成績を収めることなど、目先の成功を追求するものです。競技シーズンは短く、試合ごとに勝利を収めることがチームの評判や収益に大きな影響を与えます。また、選手たちは現役寿命が限られており、その間に高額な給与を獲得したいと考えています。したがって、短期的な目標を達成するためにも、適切な選手編成とトレードが不可欠です。

一方で、長期目標は、今シーズンに限らず、中長期的にチームが戦力を保ち、継続的に強いチームであることを指します。競技シーズンが終了しても、次のシーズンや将来のシーズンで成功を維持するためには、トレードや移籍はもちろんのこと、選手の育成やチームの方針の継続的な改善が必要です。若い選手をトップ選手に育て上げるためには時間がかかりますが、長期的な持続可能性を確保するためには不可欠な要素です。

このように、プロスポーツチームの強化部の経営は短期と長期の目標を同時に考慮する必要があります。短期目標に過度に焦点を当てると、今シーズンの成績は向上するかもしれませんが、将来への展望がなくなり、組織全体の持続可能性が危ぶまれます。一方で、長期目標に過度に集中すると、現在のシーズンでの成功が犠牲になり、ファンの興味が失われる可能性があります。したがって、チーム強化部のトップは、常に短期と長期の目標をバランスよく考え、強化を行わなければなりません。

選手のトレードや移籍も、この短期と長期の目標を考慮して行われます。例えば、短期的に補強が必要な場合、経験豊富なベテラン選手を獲得することで、今シーズンの成功を追求することができるかもしれません。一方で、長期的な戦略に基づいて若手選手を獲得し、将来の成功に備えることもあります。選手のトレードや移籍は、チームの戦略とビジョンに合致するかどうかを検討しながら行われます。

慎重な計画と綿密な準備

私たちがニュースなどを通じて選手のトレードや移籍を追跡する際に、この短期と長期の目標を意識してみると、各チームの強化部がどのような戦略を立てているのかが見えてくるかもしれません。

例えば、ゼネラル・マネジャー、スポーティング・ディレクター、テクニカル・ディレクターなど、チーム強化部のトップは、選手の獲得やトレードの決定をする際に、短期的な目標と長期的なビジョンを考慮しながら行動します。これは、プロスポーツだけでなく、ビジネスにおいても重要な教訓となります。

ビジネスでも同様の原則が適用されます。企業は短期的な利益を追求しながら、長期的な成長戦略を立てなければなりません。短期的な利益を追求することは重要ですが、将来の持続可能な成功を確保するためには、長期的なビジョンと計画が欠かせません。組織のトップは、短期と長期の目標をバランスよく考え、戦略を策定しなければなりません。

そのため、強化部のトップに就く人材の多くはビジネスバックグランドがあり、特段そのスポーツの経験者ではないことも米国のプロスポーツでは多く見受けられますし、今後もどのような人たちがこのポジションに就くのか?というのもプロスポーツを観戦する上で興味深いポイントになるのではないでしょうか?

 

中村武彦

青山学院大学法学部卒業後、NECに 入社。 マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程修了。メジャーリーグサッカー(MLS)、FCバルセロナなどの国際部を経て、スペインISDE法科学院修了。FIFAマッチエージェント資格取得。2015年にBLUE UNITED CORPORATIONを設立。東京大学社会戦略工学部共同研究員や、青山学院大学地球社会共生学部非常勤講師なども務める。

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