ハートに刺さるニュース解説

新聞のDX勝ち組

デジタル新聞のトップに
ニューヨーク・タイムズ

ニューヨーク・タイムズは、老舗新聞でありながら、デジタル版購読者数が2022年末で883万人と、米国の新聞でデジタルシフト(DX)に最も成功したユニークな存在だ。

タイムズが発表した22年通年決算によるとデジタル版購読者が増加を続け、同紙の総購読者数は、紙の購読者(宅配・小売店売り)73万人、デジタル版883万人を合わせて計955万人に達した。22年2月に買収したスポーツニュースサイト「ジ・アスレチック」の購読者100万人を加えると購読者は約1060万人と1000万人の大台を超える。27年末までになんと計1500万人の獲得を目指す。

小売店に置かれる部数は激減した

 

紙部数の8倍に

決算発表に際し、メレディス・コピット・ルビエン最高経営責任者(CEO)は、「デジタル版購読者の増加数で22年は、20年に次ぐベストイヤーだった」とコメントした。

実は紙の購読者は、ピーク時に120万部程度だった。デジタル版購読者は今やその約8倍となる。英語媒体であるが故に、世界に読者が広がるビジネスモデルは、一体どこまで広がるのか。経営目標は27年に1500万人だが、世界の有力紙という位置付けになれば、1500万人を超える読者の獲得ができそうだ。22年第3四半期末で236カ国に購読者がいる。社員が話す言語は55カ国語に及ぶ。

成田氏の問題発言
タイムズが世界に 

例えば、経済学者で米イェール大学の助教授、成田悠輔氏の「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」という主張の例。発言のネット放送は21年末だったが、タイムズが2月に報道した途端、数日内に英国、ドイツなどのメディアでも記事化された。成田氏の問題発言は、日本語という特殊な言語で「保護」されてきたが、タイムズの報道で世界的なスキャンダル発言となった。ニューヨークの老舗ローカル紙だった時代とは、次元を超えた影響力がある。

私は毎朝、タイムズのポッドキャストをスマートフォンで聞く。長さは20〜30分で一日一本公開され、プロのパーソナリティーが主要記事を書いた記者にインタビューする。記者が、当事者にしたインタビュー、集会、事件事故現場で録音した音声や過去の要人の発言が編集されている。ミュージシャンによるオリジナル音楽や効果音も混じり、まるで高音質のラジオドラマを聞いている感じだ。

「読む」だけでなく
「聞く」メディアに 

テーマもタイムリーなため、ポッドキャスト世代の若い人が多く利用し、日常会話の話題にもよく上る。例えば、2月15日は「オンライン検索戦争」として、人工知能(AI)を使った検索エンジンの人気ぶりについてだった。

ポッドキャストになっていなくても、主要記事は室内のリモートスピーカーに読み上げさせて聞く。つまり、私にとってはニューヨーク・タイムズの記事は、読むより「聞く」メディアとなった。テレビのニュースよりも深掘りの情報を聞きながら、仕事や家事ができるというのが、紙をめくる不自由さを超えた大きなメリットだ。ニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストも注目記事は、プロか記者が音声で録音したものを公開している。

クロスワードや料理レシピの有料モバイルアプリのダウンロードも増加を続けている。共に、紙オンリーの時代からの人気コンテンツだった。

ルビエンCEOは、「ニュースとライフスタイルのサービスのバンドル(抱き合わせ販売)に対する強い需要がある」としている。つまり、ニュースだけでなくライフスタイルの情報まで広く提供するメディアに成長した。

ポッドキャストにあるクロスワードアプリの自社広告を聞いていると、「クロスワードが達成できると(うれしくて)妻にメッセージを送る」「クロスワードを早く終えられると、自分が賢くなった気がする」というファンの声がある。

世界の新聞社のお手本となったニューヨーク・タイムズが身近にあるのはありがたいことだ。

 

 

津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などにニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなどにインタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

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