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中国によるスパイを目的とした気球が、米国上空に侵入し、2月4日、撃墜された。米国防省(ペンタゴン)が発表した。バイデン米大統領は、撃墜した軍パイロットを称賛した。
中国政府は直後、「気象研究用の気球が進路を外れて侵入した」だけだと抗議した。
このニュースを聞いた時、「台湾や日本の近海は大丈夫なのか?」と思ったのは、私だけだろうか。「報復」が、米国に対してではなく、米国の同盟国に及ぶ可能性はないのか、と。
ウクライナの次は台湾
気球が西部モンタナ州で目撃されてから、保守派だけでなく、リベラル派もバイデン氏に「撃ち落とせ」と圧力をかけた。その度に、アジアの安全は保証されるのかと不安になった。「報復」を懸念する声もあったが、遠く離れた米国と、中国に隣接する日本や台湾は異なる緊迫感を感じている。
「ウクライナの次は、台湾かもしれない」
ウクライナを1月に訪れたリンゼイ・グレアム上院議員(共和党)が発言し、ニュースでも繰り返された。専制国家ロシアの隣にあるウクライナと、同じく専制国家である中国に隣接するアジア諸国・地域への影響を、政治家が同レベルで考えていることを示す発言だ。
日本国内で起きている急激な変化も、見過ごしてはならない。
新たな戦前になる
2022年暮れの「徹子の部屋」で、タモリの言葉が、論争を引き起こした。
黒柳徹子「来年はどんな年になるでしょう」
タモリ「誰も予測はできないですよね。でも、なんていうのかな、新しい戦前になるんじゃないでしょうか」
ロシアによるウクライナ侵攻、安倍晋三元首相の殺害事件を経た22年。少しでも穏やかな23年をと期待する中、タモリは「戦前」状態に突入するとさらっと言った。
1月13日、岸田文雄首相が、バイデン米大統領とホワイトハウスで会談した。その時、タモリの発言は、当たったと思うお膳立てが整っていた。
岸田政権は年末に向けて、増税を伴う防衛費の増額を決めた。国内総生産(GDP)比で1%強だったが、27年度までに2%と、単純に倍増にする目標だ。この2%が唐突であり、増額で何をするのか内訳は不明なままだ。
さらに日本の戦力に「敵基地攻撃能力」(政府は「反撃能力」と説明)を盛り込むという改訂を国家安全保障戦略に加えた。相手国が攻撃する準備をしており、気配を見せたら、攻撃をしていいという。
また、日米首脳会談直前の1月11日、米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)がショッキングなリポートを公開、中国が台湾に侵攻した場合の24通りのシナリオを発表したものだ。大半のシナリオで中国の作戦は失敗に終わる。
しかし、台湾防衛の代償は高く、「日米両国は数十隻の艦船、数百機の機体、数千人の隊員を失うだろう」とする。国内の米基地には、日米の機体の残骸が並び、負傷者は数百人、と生々しい記述が含まれる。これは「戦争状態」ではないか。
日米首脳会談で岸田首相は、「昨年12月に発表した新たな国家安全保障戦略等に基づき、反撃能力の保有を含む防衛力の抜本的強化および防衛予算の相当な増額を行っていく旨述べた」(外務省発表)。バイデン大統領は、ホワイトハウスでの写真撮影で、満面の笑みを浮かべていた。米国の日本通は、これを待っていたのだ、と思わせた瞬間だ。
緊張感が定着する
岸田首相は、日本の安全保障戦略をより強化し、米国と共に戦う準備があるという手土産をワシントンに持って行った。そして、日本が新たに買う武器は、全て米国製だ。米国の軍事企業が潤い、米国経済の下支えをする。
平和憲法の改正、「改憲」も日米首脳陣の視野に入っているだろう。改憲によって、緊急事態条項を認めると、戦前のように政府に独裁的な権力を与えてしまう。最も怖いのは、「徴兵」と「私的財産の没収」だ。現在のように国民に説明もなく、米首脳に報告がされてしまう体制で、これらを日本国民が防ぐことができるのか、先行きが不透明だ。
タモリの発言は、戦後78年続いた「戦後」は、イコール、平和を意味するのだと改めて認識させた。日本は「新たな戦前」に突入し、それは緊張感あふれるものだ。米国を通過していた気球一つで、不安を高める。「戦前」への準備を意識してきたワシントンの政治家や、CSISなどの専門家は、海の向こうでの緊迫感を予想していたのだろうか。
津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などにニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなどにインタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。
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