ハートに刺さるニュース解説

ワールドカップ2022

ニュース満載のW杯
カタール開催の意義

熱戦が続くサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会は、過去にないほどニュースにあふれている。各国代表の試合結果だけではない。カタールや一部出場国の人権問題がメディアだけでなく、フィールドにいる選手らからも疑問視された。また、米国人のサッカーに対する考え方が確実に変わってきている。

米国には、国民的スポーツが4つもある。バスケットボール、アメリカンフットボール、ホッケー、野球だが、サッカーは入っていない。「サッカーサックス(サッカーは、糞食らえだ)」といって、人気とは言えない競技だった。戦争して独立を果たした支配国、英国に起源するスポーツだからという歴史的背景もある。

米国対イラン戦を見る米市民

米国代表の健闘
視聴者数もアップ

しかし、今大会では米国代表が健闘し、過去になく、多くの人が試合を見た。11月25日に行われた米国対英国戦は、英語・スペイン語放送を合わせて1998万人が視聴した(AP通信による)。男子サッカーとして米国内で3番目に視聴された試合で、過去最高は2014年決勝のドイツ対アルゼンチン、2番目は10年決勝のスペイン対オランダだったという。今までのところ、米国代表が絡んだ試合で、視聴者数がトップになったわけだ。

さらに、11月30日の対イラン戦は、平日午後であったにもかかわらず、1910万人が視聴した。英語放送を独占するフォックススポーツによると、ストリーミング配信も100万人もが楽しんだ。米国はその後、オランダ戦で16強から敗退した。

米国人が米国代表を過去になく支援したのは、開催時期が通常のように夏ではなく、感謝祭付近に重なったこともある。4大スポーツとの競争は少なかった。しかし、間違いなく、米国代表が進歩しているという背景もある。

カタールの人権問題
差別排除の運動も

同時に試合結果以外のニュースも多い。ニューヨーク・タイムズで過去20年にわたり、W杯を取材してきたスポーツビジネス担当のタリーク・パンジャ記者は、こう語る。

「こんなもにニュース満載のW杯を取材するのは、初めてだ」

彼が語るポッドキャストによると、カタールにおける人権問題は、開催される何年も前から取り沙汰された。アラブ国家のカタールは、人口がわずか2500万人の小国家。そこで、W杯開催が決まった際、スタジアムや高速道路などを新築するために多くの移民に頼らざるを得なかった。しかし、労働環境は劣悪で、英紙ガーディアンは、10年に開催が決まってから10年超で6500人の移民が死亡したと昨年伝えた。

また、カタールは同性愛者などのLGBTQを法律で禁じている。このため、欧州諸国は今年9月から、多様性や平等を訴え、差別を排除する「One Love(ワン・ラブ)」キャンペーンを始めた。オランダがイニシアチブを取り、ベルギー、フランス、ドイツ、デンマーク、ウェールズなどが次々に加わった。国内試合で、選手が「ワン・ラブ」腕章をするなどして、W杯前からカタールへの訴えかけが始まっていた。

しかし、W杯で腕章着用は実現しなかった。欧州7カ国は事前に、チームのキャプテンが腕章を着ける計画を発表していた。これに対し、FIFAは大会開催直後、着用した選手に対する処分を発表した。

アラブ世界にも変化
国の問題を学ぶ大会

こうした事件には、開催国カタールと西側自由主義国という対立構造が浮かび上がる。スポーツ専門ニュースのジ・アスレティックは、深掘りの記事を掲載した。カタールで開催されたことで、アラブ世界の人が自信を持ち、同時にサッカーを身近に感じるきっかけにもなったという内容だ。

例えば、サウジアラビアで女性がスタジアムでサッカー試合を見られるようになったのはなんと18年になってから。カタールにはサウジアラビアからの女性が目立ち、観戦を楽しんだという。

これを執筆時点で、日本代表は強豪ドイツとスペインを抑え、16強から8強を狙う。しかし、試合だけでなく、W杯はカタールという国をはじめ、さまざまな国の問題を学ぶ国際イベントになったのは間違いない。

 

 

 

津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などにニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなどにインタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

 

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