ハートに刺さるニュース解説

ウクライナ侵攻の報道

ウクライナ侵攻
変わる戦争報道

ロシアが侵攻を続けるウクライナから、ショッキングなニュースが届いたのは4月2日。首都キーウ郊外のブチャから、通りに遺体が横たわる写真が届き始めた。SNSを通してジャーナリストや市民が発信し、それがさらに拡散されていくのだ。

英BBCは、「注意 極めて辛い内容が含まれます」という断り書きを付けてビデオ映像をSNSで流している。遺体が含まれる映像は、従来であればかなり慎重な編集判断が下されて、あまり見ないものだった。しかし、現在は連日、ブチャからの遺体を含む映像が発信される。

4日「ニューヨークポスト」の一面

米紙ニューヨークタイムズ
遺体の写真を掲載

ウクライナは、首都キーウの防衛には成功した。しかし、ロシアは近郊ブチャなどで、住民を虐殺して後退し、その凶暴さが浮き彫りになった。

ウクライナでの戦争が始まってから、遺体の写真で注目を浴びたのは、米紙「ニューヨークタイムズ」だ。3月6日朝刊で、女性と子供2人、男性1人が歩道に横たわり、ウクライナ兵士1人が蘇生しようとしている写真をトップに掲載した。 寝ているかのように見える家族の後ろには、街から逃げようとしている中年男性が足早に歩く姿も。メディアとしては遺体を至近距離から写した異例の写真だった。

ロシア軍の無差別攻撃
ジャーナリストの証言

撮影した女性フォトグラファー、リンジー・アダーリオにその場の状況を聞いたインタビューは直後にポッドキャストで聞けた。

ロシア軍はキーウの外堀を攻撃しており、撮影場所イルピンはキーウ郊外。避難に使う大きな橋は、ロシア軍の侵攻を避けるため、ウクライナ軍が破壊した。

アダーリオとビデオグラファー、そして戦場での専門的な判断を下すセキュリティーアドバイザー(スティーブと彼女は呼んでいる)の3人は、迫撃砲が飛び交う中、市民が向かう橋にたどり着こうとしていた。ポッドキャストでは、おそらくビデオに収録されていた現場の音声が流され、迫撃砲が着弾する音やガラスが割れる音などが生々しく流れる。

ところが、アダーリオらは「近くにウクライナ軍の迫撃砲拠点があるから、ロシアはそこを狙っているのだろう」と思っていた。スティーブも「橋まで行けるかもしれない、行こう」と話していた。しかし、彼らの6〜9メートル近くに迫撃砲が着弾。幸いにも塀の後ろにいた3人はほこりまみれになっただけで済んだ。スティーブはアダーリオらに待機を命じて通りに出た直後に、ウクライナの衛生兵を呼び始めた。「来てもいい」と言われて通りに出ると、4人の市民が横たわり、兵士が蘇生しようとしていたという。

「最初に足が見えて、ムーンブーツと、ダウンのコート、スーツケースが見えた。家族だ、と思って息が止まった。何回かシャッターを切った。これは戦争の記録だと思って」と2人の子供を持つアダーリオ。ただ、迫撃砲が迫っていたためすぐに現場を離れなければならなかった。同紙はその写真を採用した。その家族や取材陣がいたところに着弾したことで「無差別攻撃」だと証言できると主張する。

ジャーナリストへのリスク
新たな戦争報道

一方、AP通信のビデオグラファー、ムスチスラフ・チェルノフら2人は、ロシアの攻撃が増し、市民が籠城状態となっている南部都市マリウポリに残る最後の国際メディアとなった。壮絶な体験は「マリウポリでの20日間 苦闘をドキュメントしたチーム」による。最後にはウクライナ人警官から、ロシア軍に捕まれば「軍にカメラで撮影され、これまで撮影したものは全て嘘だとあなた方に言わせるだろう。マリウポリでの努力も、何もかもが無駄になってしまう」と懇願され、脱出を決心したという。

従来の戦争や紛争、侵略の報道は、戦況とジャーナリストが伝える現場ルポが主流だった。しかし、今回のウクライナでの戦争では、ジャーナリストがどれだけの危険を冒して取材しているかという記事が多く出ている。それだけ、戦争と被害者・犠牲者の状況が立体的に伝わる、新しい戦争ジャーナリズムである。

4月5日にウクライナのゼレンスキー大統領が国連安保理で演説をした際、流したビデオは遺体の映像に溢れていた。放送するかどうかは報道機関に任されており、遺体の映像の扱いは今日も慎重な議論が続いている。

 

 

 

 

 

 

津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などにニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなどにインタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

 

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