アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第37回〜 ボストンの思い出2

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞で国際長編映画賞を取り、ウィル・スミスの一件がなければもっとニュースを独占したのではないかと想像しています。

僕は高校時代は安部公房を読み、落語を聞くというかなり暗い部類の男子校人間でしたが、大学生になり芸術学部の文芸学科に入ると、半分以上が女性で雰囲気は明るく、みんなおしゃれな映画の話をして、村上春樹を読んでいました。

落語に没頭した10代

僕は落語の知識に関しては誰にも負けない自信がありました。何しろ高校時代に図書館にある「落語」や「演芸」とタイトルに付く本は全て読んでしまっていましたし、借りられるカセットテープはダブルラジカセでダビングし、「笑点」以外の演芸番組は録画、編集し、本屋でも手に入る限りの演芸の書籍は買い求めていました。

そのような頭デッカチの僕はとても有名な大学の落語研究会に入ろうと新入生の募集で部室に行きました。バイトで稼いだお金は全て寄席、落語会、演芸関係の書籍に注ぎ込み、落語と心中するくらいだった僕は、落語研究会にこれ以上ない最高の新入生になるはずでした。

入った文芸学科では、安部公房の小説を落語にした立川志の輔師匠はどのような過程でそういう噺(はなし)を作ったんだろう、それを文芸の視点で考えたい、もっと落語を研究したい、僕はそんな純粋な気持ちや志を持った10代だったのでした。

しかしながら世間では大変に有名な僕の通っていた大学の落語研究会、落研は、僕の趣味からは程遠い、ミーハーな先輩に仕切られた、僕にとってはガッカリな様子でした。8つの椅子に座った新入生に好きな噺家を聞いた先輩に対する答えは、「笑点」を中心にテレビに出るタレントのような師匠や、その落研のOBである立川流(談志師匠の一門、関係者)の名前ばかりが出て、僕が好んでいた寄席で爆笑をかっさらうスターの名前は皆無でした(僕は後に自分の師匠になる柳家権太楼〈ごんたろう〉と答えました)。

そのようなわけで僕は向かいで募集していた軟式野球部に入り、野球の練習に夢中になるうちに彼女もできて、落語や安部公房の世界から、おしゃれに彼女とデートしたりする生活になったのでした。

20年の歳月を超えて

そして時は20数年の歳月を経たハーバード大学でした。前回の連載に書いた通り、ハーバード大学に落語研究会を作る話が僕に舞い込んだのです。日本の大学の落語研究会を知らない僕が、ハーバード大学で落研をつくったのでした。

何をして良いかわからない僕は、建築を勉強している4年生のスカイさんと相談し、毎月1回、ハーバード大学の東アジア研究所でお稽古会を始めました。

スカイさんは茶道部の部長もしていたので和室は使えますし、その人脈で日本が好きな友人にも声を掛けてくれました。スカイさんはめでたく「ざぶとん亭お空」さんになり、紫の髪の「ざぶとん亭式部」さんも誕生しました。

毎月グレーハウンドでボストンのサウス駅で降りて、赤い地下鉄でチャールズ川を渡る時に、村上春樹はここをジョギングしたんだなと学生時代にタイムスリップしつつ、その大学時代の思い出は全く落語や落語研究会には結びつかないのでした。

2020年3月7日が最後のお稽古になりました。コロナでニューヨークがロックダウンになる直前、お空ちゃんも卒業を目前として、お稽古会はお休みになりました。そして3月8日はハーバード大学での落研の話を持ってコロンビア大学へ行く予定でしたが、それもかないませんでした。

お空さんはその後卒業し、海外の大学院へ行く予定を変更し、お母さまの母国、日本へ旅立ったのでした。そんなお空さんから先ほどLINEが来ました。「師匠、秋から母校の大学院へ入ります」。

お空さんがハーバード大学に帰ってくる。僕は「お空ちゃん、今月イェールに落語研究会ができたんだよ。僕が教えるんだけど、ハーバードの落研も復活しようよ」と返しました。

そのようなわけで、秋からハーバード大学で落研の活動が再開される予定です。ざぶとん亭にはボストン、ケンブリッジにもお弟子さんがいますので、ニューヨークと共に楽しい活動ができるんじゃないかと、楽しみにしています。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第38回をお届けします。

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

お知らせ
子供、学生、大人向け落語レッスン開講中!
東三楼さんは、現在子供たちや学生、大人へ落語のグループ稽古を提供しています。落語と共に、日本語や日本の文化を一緒に学びましょう!
落語レッスンに参加したい人は、tozaburo.rsv@gmail.com宛にメールでご連絡ください。

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