アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第36回〜 ボストンの思い出ー落研の噺

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


移住をしてまず考えたのが、僕以外の落語をするプレーヤーを増やす、育成することでした。友人の俳優さんに落語を稽古してニューヨークで発表できる場を作っても、お稽古が続かない。初めて演じるにしては上手なのですが、一人で一役を演じる演劇と、一人で何役も演じる落語では同じ物語を作る芸でも違うようで、演劇の経験がある分、難しさを感じたようでした。

日本の大学には落語研究会という学生が落語を演じるためのサークル、グループがあります。アマチュアとして落語をするのですが、全国規模の大会、コンテストもあり、落語研究会、一般にはオチケン(落研)と言いますが、落研出身でプロの噺(はなし)家になる人も多いです。僕は落研が有名な大学の学部に通っていましたが、1年時に訪れた際に先輩の様子がどうも合わずに軟式野球部に入ったので、実際の落研の雰囲気を知らないです。そんな僕に落研の指導をする機会ができました。それは新型コロナウイルスの蔓延が始まる少し前、2019年の11月7日でした。

ツアーで回ったボストンの街

11月4日から8日までの予定で、ボストンカレッジ、昭和女子大学ボストン校、ハーバード大学、タフツ大学と公演するツアーでした。それまでにボストンは何度かお伺いしていましたが、ビザ取得後は初めてで、以前に書きましたボストン日本人会の中塚久生さんが方々に声を掛けてくださり実現しました。ボストンへは毎度高速バスで4時間かけていくのですが、11月4日はサウスステーション駅に着いてそのままボストンカレッジに向かい公演するというスケジュールでした。その日、公演を終えると外は陽が落ちていましたが、ボストンカレッジの校舎は美しくライトアップされていて、夢中でYouTube用に動画を回し、その日はそのまま編集しました。

ボストン市内やケンブリッジ市はいつもそうで、大学の街はいつも行っただけで自分まで頭が良くなった気がする大好きな都市です。5日は市内の居酒屋で独演会をし、6日は昭和女子大学、そして7日はハーバード大学とタフツ大学を掛け持ちしました。

ハーバード大学にオチケンを創設

以前に観光で来たことがあったハーバード大学。初めての仕事での訪問で、堅い面持ちで担当の先生とランチをしていると「師匠、ハーバードに落研を作りたいという学生がいるのですが、相談に乗ってあげていただけませんか」と先生が言いました。事情を聞くと落語が好きな学生さんで自分で落語をやりたいそうです。

東アジア研究所での落語会でその学生に会うと、彼女はお父さまがアメリカ人でお母さまが関西出身の方とのことです。普段家庭では上方(かみがた)の言葉を使っていて、出身のフロリダの補習校で落語もしたことがあると言います。なので彼女は英語、日本語標準語、上方弁、スペイン語と、さすがハーバード大学の学生、多言語を瞬時に行き来します。もちろん日本語は日本で育った日本人と変わりないほどです。

その日はすぐにタフツ大学への移動があったので「ハーバードに落研を作りましょう」という話をして、詳細は後日ということで大学を出ました。そして、タフツでハーバードに落研ができたと早速話をすると、入りたいという方が2名ほど。それでは今度、合同で稽古会をしようと解散になりました。

次の12月から毎月グレーハウンドやピーターパンのバスに乗ってハーバード大学の東アジア研究所に落研の稽古で行くことになりました。落研の部長は「スカイ」さんという名前ですので「ざぶとん亭お空」さんとなりました。

そしてもう一人入部した方は髪の毛が美しい紫でしたので「紫式部から式部を取ろう」とお空さんが提案し、ざぶとん亭式部となりました。この毎月の稽古会はコロナが始まる20年3月まで続き、ざぶとん亭お空さんはハーバード大学を卒業しました。ハーバード大学卒の噺家は、いまだいません。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第37回をお届けします。

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

お知らせ
子供、学生、大人向け落語レッスン開講中!
東三楼さんは、現在子供たちや学生、大人へ落語のグループ稽古を提供しています。落語と共に、日本語や日本の文化を一緒に学びましょう!
落語レッスンに参加したい人は、tozaburo.rsv@gmail.com宛にメールでご連絡ください。

               

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