サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
2018年2月から4月初めまで、トロントとニューヨークの18カ所で公演をして、ボストンで休暇を取っていました。といってもエアビーの宿で寝っ転がりながらボーッとして、少しボストンやケンブリッジを観光しよう、そんな軽いつもりでした。
ボストンの4月は寒い日もあり、その年に川内優輝選手がボストンマラソンで優勝しましたが、雨でとても寒くて、応援に行く気になれず、パソコンで応援しました。晴れたら散歩や観光、あとは宿でボーッと、そんな数日を過ごしている時に、ボストン日本人会の中塚久生さんを紹介していただきました。
その日訪れた日本居酒屋は、レッドソックスにいた上原浩治投手の行きつけで、大変にぎわっていました。僕と中塚さんと会計士のK先生と3人で、日本酒を片手に僕の初めての海外公演の話をしていました。
このコラムの最初の回でも書きましたが、ブライアントパークで感じた、「僕はニューヨークに住むんだ」という直感の話をすると、「永住組が増えてうれしい」と、途端に僕の移住話になりました。その日はしこたまお酒をいただき、次の日僕は移住をするとはどういうことかと考えていました。中塚さんやK先生の話では僕はアーティスト用のビザが取れるだろうということでした。こういうことにかけては行動の早い僕はいったんニューヨークへ行き、知り合いのアーティストにビザの話を聞き、返す刀でボストンに行き、中塚さんやK先生にビザを取得してアメリカに住むと決意したと報告しました。
受け入れ難かった訃報
それから毎年ボストン日本人会の新年会に落語で呼んでいただき、ハーバード大学やボストンカレッジ、昭和女子大学など、中塚さんの手引きで公演させていただきました。ビザの準備を進める途中でも、ボストンへ行きました。
市内の居酒屋で毎回お酒をいただき、ついには上原投手お気に入りの席で中塚さんとサシで飲みました。写真はその時に中塚さんが撮ってくれたものです。この時は、多忙でボストンとマイアミを行ったり来たりして、温度差を30度以上感じながら、凍ったり焼かれたり冷凍ピザのように過ごしました。
無事にビザが取れてボストンに伺うと中塚さんはニッコリ笑って、「ざぶさんのビザが降りなかったら、私の子供にして申請しようと思ってたんですよ」。とてもうれしく、ありがたい言葉でした。そして「ボランティアをやってシャワーを浴びる時が一番幸せなんですよ」。そう言って笑いながら、おいしそうにお酒を飲みます。
大会社の役員を辞め、人生を半ば以上過ぎてからアメリカに骨を埋めた中塚さん、先々週亡くなってしまいました。今の時代ですので、訃報はツイッターで知りました。何かの誤報だろうと思っていました。一昨年の秋にお会いして飲んだのが最後でしたが、去年もメールはしていました。そして、ご病気のことは何も知りませんでした。原因は後から知りましたが、コロナではなく、別の病気でした。事故などではなかったから安心というわけではないですが、いまだに自分の中で事実として受け入れられていません。
返せなかった恩の数々
「佃祭(つくだまつり)」という噺(はなし)では、死んだと思われていた人がひょこっと帰ってきます。まだ僕は中塚さんの死に対してそんな夢みたいな、現実味のない噺として捉えています。だからより現実、事実を受け入れられないのでしょう。
「今日のボランティアも気持ちがよかった」。そんなことを言いながら居酒屋に入ってきて、「ざぶさん、今度はMIT紹介しますよ」とニイっと笑いながらとっくりを傾けてくれそうな気がして仕方ありません。
中塚さんの死を前にして、皆さんの言葉を目にし、耳にすると「情けは人のためならず、巡り巡って己が身のため」なんて噺の下げが浮かびます。僕は中塚さんから受けた情けの数々を返せなかった、それも事実を受け入れられない、もう一つの理由です。
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー第34回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
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