アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第29回〜 浅草キッド

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


「浅草の観音様に泥棒が入ったって話がありまして。あそこは皆さんご存じのように仁王様が門番をしております」なんて小噺(こばなし)をしますが、皆さんは浅草をどれくらいご存じでしょうか。

浅草は明治、大正、昭和と歓楽街として大変に栄えましたが、山手線の駅を作るのを拒み、東京がより都市化するに従って他の観光地や遊び場が増えるにつれ、観光客は下火になったと言われてきました。それでもつくばエクスプレスができ、地下鉄が私鉄とつながり、浅草の人出も増えてきたようです。そして時代が変わろうと、われわれ寄席芸人にとりまして浅草は演芸のシンボルであることには変わりません。

浅草は以前にも書いた通り思い出深い場所です。映画の舞台になるストリップ劇場のフランス座。今は無くなって東洋館という漫才中心の演芸場になっていますが、もともと1階2階の浅草演芸ホールと経営する会社が同じだったのです。ですので、演芸ホールの楽屋裏は階段でフランス座とつながっており、先輩が暇を見ては上に遊びに行っていました。まあ、噺家の前座は裏の階段から上がってストリップの楽屋をすり抜け、客席でタダで観られたわけです、安っぽい着物を着たままで。

 

フランス座での思い出

高校2年になる前の春休みでした。僕は地元の友人を誘って浅草まで自転車で行き、浅草演芸ホールで落語を見ようと誘いました。ところが。友人がフランス座のテケツ(切符売場)で「おい、フランス座、学割利くぞ。落語よりこっちにしよう」と言い始めました。僕を含めて3人、残り2人はストリップ派、落語を見たいのは僕だけでした。聞くと学割は大学生以上で16、7の僕らは使えませんでした。しかし友人たちはすっかり行く気になっています。18歳以上でないと入れないし、高校生とバレているのにテケツのおばさんにどう言ったのか、一般料金で入れるよう友人は交渉しました。しかも「お触りもあるらしいな」と意気揚々とエレベーターに。

僕にとっては渥美清さんやビートたけしさん、浅草キッドが修業したエレベーターだ、ストリップの幕間のコントに期待しようと思い直しました。結果、3000円に見合った物を見た気がしなかった僕は、お触りして満足げの友人に、演芸ホールに行けば良かったと文句を散々言いました。

時は流れて、前座修業に入り、月に半分くらいは浅草に行くようになりました。そして楽屋はフランス座とつながっています。前座で後輩ができたら上に階段で上がってみるか、と思っていた2000年、前座2年目にフランス座は東洋館に変わりました。

そして真打ちになり正月初席という元旦からの興行では、渡米まで僕も出演させていただいていました。出番は笑点でおなじみの木久扇(きくおう)師匠の後で、満員のお客さまがドッと笑って、お弟子さんがすごい勢いで木久蔵ラーメンを売った後でしたので、僕の噺なんか誰も聞きません。それでも短い新年の初高座を楽しみました。

懐かしき浅草の風景

新作映画の「浅草キッド」を見ました。高校生の頃から噺家か漫才師になりたいと憧れていた僕は、ビートたけしさんの小説「浅草キッド」もお弟子さんのコンビ「浅草キッド」も憧れの的でした。来る日も来る日も演芸のことばかり考えて、昭和の演芸の世界を空想していました。

今回の「浅草キッド」は、たけしさんが修業されていた頃の浅草がものすごくリアルに再現されていて、そして、深見の師匠の昔カタギの不器用さが出ていて、心打たれました。今は激安ショップに代わってしまった演芸ホール、フランス座の前が見事に昭和になっていて、どうやって撮ったんだろうとジーッと見入りました。さすがネットフリックス、関東近郊に全てセットで浅草を再現したといいます。正直に言うと今の浅草は近代的に過ぎるので、そのセットがテーマパークになってくれたらなあと思いました

浅草にちなんだ芸人や演芸場をモチーフにしたテーマパーク。皆さん、ご存じのように浅草の町には伝説の芸人の看板が街灯に飾られていて、って、皆さんご存じですかね。日本に帰りたいとは思わないけど、浅草はたまに帰りたいです。

【次回予告】

次号は、Akoさんのエッセー9回をお届けします。

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

 

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