アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第28回〜 御慶

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


皆さま、明けましておめでとうございます。

お正月が出てくる噺(はなし)はあまりなく、「御慶(ぎょけい)」が代表になりますでしょうか。

この「御慶」という演目は年末に富くじが当たり、正月を迎えるという大変に縁起も景気も良い噺です。

動画サイトで見られますので、この正月に(芸人は一月いっぱいを正月と言います)、五代目小さん師匠や志ん朝師匠の「御慶」を聴いてみてください。後半はばかばかしいです。

私たち噺家という商売を先輩、師匠方はいろいろな言葉で表現します。いわく「縁起商売」だと。そんなところから、縁起を担いでこの「御慶」は誕生したのかもしれません。

この噺を正月にごひいきのお客さまのお宅に招かれた時に演じると、「ご祝儀」「お年玉」が景気良くなるでしょう。

そうわれわれの商売は先輩が言うように「ご祝儀商売」なのです。お正月はご祝儀、お年玉が乱れ飛ぶ、大変な時期です。私たち芸人はお年玉はもらうこともありますが、寄席で働く前座さん、お囃子(はやし)さん、従業員さんにとにかくお年玉を配りまくる、そんな時期なのです。

前座の正月の楽しみ

ツラい前座修業で何が楽しいかというとそれはお正月です。なぜかと言いますと、前座さんとお囃子さんは会った師匠や二ツ目、色物さんからお年玉をもらえるからです。一人からの額は千円ほどですが、僕の所属する落語協会では300人以上の方からもらえるので、一般的な子供のもらうお年玉の何倍も懐に入るわけです。年齢に関係なく年下の先輩もくれます。そして僕が前座の時は50歳近い前座がいて、20歳そこそこの二ッ目になりたての先輩が「ほいよ」と小さな祝儀袋を渡していました(現在、落語協会は30歳以下という入門の年齢制限があります)。

しかし、これは単なるお金の前借りにすぎません。なぜなら、二ツ目に昇進した途端から死ぬまで、毎年正月には何十人もの前座、お囃子さんにお年玉を差し上げなければならないからです。毎年3〜4万円くらいにはなるでしょうか。そして現在落語協会は年齢制限ができ、見習いから前座になるまでも一年以上待つくらい人気があり、前座さん、見習いさんはたくさんいます。そして、寄席以外では協会以外の前座、お囃子さんにも会います。

夢を新たに迎える新年

僕が前座になって初めて迎えた正月元日からの初席興行でした。僕は浅草演芸ホールの昼間に配属されました。1月3日に演芸ホールからテレビの生放送があり、普段は寄席に出ない芸人さんがたくさん来ました。そして、その中で前座にお年玉をくださる方がいらっしゃったのです。その方はケーシー高峰さん。下ネタがきついので、噺家の名人と言われる師匠も「ケーシーさんの前に上げてくれ」と頼むくらいに、客席をひっくり返します。

そうやって噺家に恐れられるくらいですが、寄席の楽屋のルールは熟知されていて、前座お囃子へのご祝儀やお年玉はご存じなのでした。立すいの余地がないどころか、入口まですし詰めのお客さまを地響きがするくらいに沸かせて、2階の色物さんの楽屋へ帰ったケーシーさん。一番下っ端だった僕が「お疲れさまでした」とお茶を出すと、「ご苦労さん、前座さんとお囃子さん何人なの」と聞くと、お年玉を人数分くれました。

立て前座という前座のトップに渡すと、それぞれに配られました。そして夜、アパートに帰り、一つずつお年玉袋を楽しみに開けると、ケーシーさんの袋には1万円入っていました。「テレビの世界って寄席の10倍ももうかるのかなあ」、そんな風に思ったものでしたが、今になってみると10倍以上だし、アメリカのテレビや動画配信サービスならさらにです。僕もたくさんお年玉をあげられる人になるぞ、と襟と夢を新たにし新年を迎えました。

御慶。今年が皆さまにとりましても、僕にとりましても素晴らしい一年になりますように、今年も縁起を担いで生きていきます。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー29回をお届けします。

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

 

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