ハートに刺さるニュース解説

米議会襲撃事件のトラウマ

米議会襲撃から1年
今後の選挙への影響は

2021年1月6日に起きた連邦議会議事堂襲撃事件から1年。01年の米同時多発テロ「9・11」と同様に、「1・6」と呼ばれ、いまだに米市民のトラウマとなっている。

民主主義の旗手である、米国の中枢でクーデターが起きたショッキングな事実を、米国民はどう乗り越えていくのだろう。

1年前の同日、トランプ前大統領はホワイトハウス前で集会を開いた。同時に議事堂では、上下院で20年11月の大統領選挙の結果を承認し、バイデン民主党候補(当時)の勝利を確定する投票が行われていた。ところがトランプ氏は、選挙後から「選挙不正があり、票が盗まれた」とツイッターなどで主張。「1月6日にワシントンに集合せよ」と支持者に訴えていた。

当日の集会でトランプ氏は「議事堂に向かおう。そこで落ち合おう」と演説し、彼の支持者が議事堂に襲い掛かることになった。

米国の議事堂が攻撃されたのは、米英戦争の終盤である1814年に、英国軍が当時建築中だった現在の議事堂に火を放った時以来。1・6は9・11同様に、「あの日どこにいて、襲撃事件を見守ったのか、覚えている」と語り継がれる事件となるだろう。

襲撃事件に参加した暴徒を手配したFBIの告知(2021年1月17日、ワシントン)筆者撮影

警官らは素手で阻止
今も残るトラウマ

1年後の今日、司法当局の捜査や、下院調査委員会の審議を経て新たな事実が、続々と明らかになっている。

当日、襲撃に参加したのはトランプ支持者数千人とされる。そのうち、700人以上が逮捕され、大統領主席補佐官などトランプ氏の側近にも、議会の召喚状が出されている。当日は、支持者と負傷した警官ら5人が死亡し、138人以上の警官が負傷する、戦場のような状況となった。

米紙「ニューヨークタイムズ」がこのほどまとめた議事堂警官らの証言によると、暴徒らが襲撃に備えて、周到な準備をしてきたことが分かる。暴徒は、酸化剤のスプレーやおのを携帯していたが、警官らは銃を使うことを控え、素手で侵入を阻止しようとした。このため、警官たちが受けたスプレーと、暴徒と警官の血液で床が滑りやすくなっており、それで負傷者が多く出た。

「これが、アメリカなのか!」。

暴徒を全員議事堂から退去させたのち、警官の1人が涙を流しながら、こう呟いたという。警官らの間に残るトラウマは厳しいもので、この後少なくとも2人の警官が自殺している。

トランプ元大統領
襲撃に満足していた

ディック・チェイニー元副大統領(共和党)の娘リズ下院議員は年末、衝撃的な事実を委員会で公表し、注目を浴びた。共和党員の大半がトランプ支持に徹しているのに対し、彼女はトランプ氏を批判する数少ない穏健派だ。

彼女は、トランプ氏の首席補佐官の当日のショートメッセージなどによる通信内容を入手していた。それによると、襲撃された議事堂内にいた議員らから補佐官に対し、「トランプ氏に今すぐ襲撃をやめさせるようにテレビ出演をさせるべきだ」といったメッセージが殺到していた。発信者の中には、トランプ氏の長男トランプ・ジュニアも含まれていた。

しかし、米メディアによると、トランプ氏は襲撃の模様をテレビで見て満足した様子で、支持者に翻意させるつもりはなかったとみられる。

暴徒への訴追はあるか
今後の選挙への影響は

トラウマによって、襲撃事件が民主主義により危険なものだという認識が浸透しているかといえば、決してそうではない。

キニピアック大の世論調査によると、民主党支持者の93%、無所属派の56%が事件は政府への攻撃だとの考えを示した。

ところが、共和党支持者では29%にとどまった。米調査機関ピュー・リサーチ・センターが行った調査では、暴徒を訴追することが重要だとみる共和党支持者が減っている。昨年3月で79%だったのが、同年9月時点で57%となっているためである。民主党支持者の間では、95%と一貫している。

今後の焦点は、トランプ氏本人が襲撃事件に関係しており、扇動したことになれば、米司法省が訴追することになる。しかし、証拠を固めるにはかなりの時間がかかる。今年の中間選挙、2024年の大統領選挙にもトランプ氏の影響力が続くのは間違いない。

 

 

津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などにニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOなどにインタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

 

関連記事

NYジャピオン 最新号

Vol. 1245

春到来! 週末のプチお出かけ 〜ハドソン川流域・キャッツキル山麓編〜

桜の花も満開を迎え春の行楽シーズンがやって来た。ニューヨーク市内から日帰りできるハドソン川流域・キャッツキル山麓の人気のスポットを紹介しよう。

Vol. 1244

オーェックしよ

コロナ禍で飲食店の入れ替わりが激しかったニューヨーク。パン屋においても新店が続々とオープンしている最近、こだわりのサワードウ生地のパンや個性的なクロワッサン、日本スタイルのサンドイッチなどが話題だ。今号では、2022年から今年にかけてオープンした注目のベーカリーを一挙紹介。

Vol. 1243

お引越し

新年度スタートの今頃から初夏にかけては帰国や転勤、子供の独立などさまざまな引越しが街中で繰り広げられる。一方で、米国での引越しには、遅延、破損などトラブルがつきもの、とも言われる。話題の米系業者への独占取材をはじめ、安心して引越しするための「すぐに役立つ」アドバイスや心得をまとめた。